COLUMN

俺の人生、三種の神器 -齋藤紫乃 ①ウォーターガールズ編-

2017.02.20

齋藤 紫乃齋藤 紫乃

▼俺の人生、三種の神器とは?

 

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

 

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

 

 

 

流れ流れて京都まで

 

 

私には「ただいま」と言える場所が多いように思う。生まれ育った北海道、大学時代を過ごした埼玉と東京、ふらりと移り住んだ大阪、そして住んで3年目になるここ京都もそうだ。 関西に来た理由は本当になんとなくで、強いて言うなら大学を卒業して自由な身であった私は、その当時熱心にやっていたストリートダンスを歴史の深い大阪でもっと踊ってみたい!という青春エネルギーが源であった。今思えばよく両親もOKしてくれたものだ。

 

 

「やりたい!」と思ったらいてもたってもいられなくて真っ先に行動してしまう性分のおかげでこうして関西まで来てしまったのだが、小さい頃は人見知りだし、こんな猪突猛進型の性格ではなかった。3歳からバレエ、水泳、ピアノ、スケート、スキー、書道と毎日休み無く習い事ばかりしていたけど、近所のお友だちとおけいこバッグを持って通うことが楽しいな、という気持ちだった。友だちが引っ越して辞めた後も、負けず嫌いな性格もあって辞めることはなかったが、家に帰ってからのピアノの練習は好きじゃなかったし、ただの習慣になっていた。やることが飽和状態で「どうしてもやりたいこと」を見つける感覚が鈍かったように思う。それが今では、常に自分のやりたいことは何か?を考えるようになった。

 

 

さて前置きが長くなったが、初めの連載では、田舎育ちの少女が自ら表現することの楽しさに目覚めたある出来事と、そのきっかけの1本の映画について書いていくことにする。

 

 

 

「ウォーターボーイズ、やらない?」

 

 

DVDも持ってます。

 

スウィングガールズで有名な矢口史靖監督の『WATER BOYS』という映画を知っているだろうか。普通の男子高校生5人がひょんなことから男のシンクロに挑戦する青春ムービーである。当時中学生だった私には、プールサイドで踊るお茶目な陸ダンスも、弾ける笑顔も、小麦色の肌で一心になって本番の大技に挑む姿にも心惹かれ、大好きな作品だった。

 

 

特に進路を意識していなかった私は、親元を離れてみたかったという好奇心と、当時ハマっていた漫画みたいに女子校で寮生活がしたいという理由で、実家から車で8時間離れた知り合いが1人もいない女子校に進学し、高校生活をスタートさせた。 1年生の頃はクラスにギャルが多く、女子校特有なのかもしれないがギャルグループ同士のケンカというカルチャーショックな出来事もありその1年間はあまり楽しい思い出が無いが、高校2年生になり理系クラスに進んだことで、そこから本当に楽しい高校生活が始まった。

 

 

そして、2年生の文化祭の準備が始まる。出し物を決めるHRが始まったが、クラス替えをしてまだ日も浅くクラス全体が馴染んでいない頃で、当時の流行っていたCM「燃焼系アミノ式とかやらない?!」ウケる〜みたいな議題が進んでいたが、みんなこれといってやりたいことが無く決め兼ねていた。 2回目のHRのときに、おそるおそる「ウォーターボーイズ、やらない?」と頭の中であたためていたアイデアを言ってみた。そのときテレビドラマでもウォーターボーイズがやっていた頃で、いいね!おもしろそう!ということで、2Aの出し物は女のシンクロ「ウォーターガールズ」に決まった。

 

 

 

ディレクションへの挑戦

 

 

ここからが私の人生初めての舞台制作、1人ディレクションへの挑戦となった。言い出しっぺでもあったし私が1番この映画を熟知していると思ったので、舞台構成、配役、音源制作、フリを覚えてそのフリの落とし込み、オリジナルのフリ作り、衣装制作などなど、同じグループの仲良い友だちにも協力してもらいながらも、私が中心となって制作を進めていったのである。はっきり言って一番忙しかったが、一番楽しかった。

 

 

その頃macなんて持っていないし、音源の作り方も知らなかったから、音楽を編集できる放送部の友達に頼んで音源を作ってもらったり、絵を描くのが得意な子にオリジナルポロシャツをデザインしてもらい、ユニフォームにしたりした。幸い、うちのクラスには新体操部員が2人と私を含め開脚やバク転などアクロバティックな動きをできる子が5〜6人いたので、見せ場はここに作り、他ではブルーシートを波に見立ててそこからシンクロのように脚を逆さに出してみたりと、クラスのみんなに出番があるように構成し、チーム分けを考えた。 そして本番、みんなが実力の120%を発揮してくれ、私たちウォーターガールズは見事出し物クラスで金賞を受賞したのだ。

 

 

 

やりたいという気持ちに正直に生きる

 

 

このウォーターガールズは、私がやりたかったことをみんなを巻き込み、実現させることができた記念すべき出来事だったと思う。ここに16年間貯めてきた全エネルギーと全経験値を注ぎ込んだと思う、大袈裟かもしれないけど。

 

 

その後、舞台に立つことに快感を覚えた私は、3年生を送る会でも有志を募ってEXILEのチューチュートレインを踊ったり、卒業の時にはダンスを習っていた友達のオリジナルの振り付けでダンスをして、女子校ライフを楽しんだ。

 

 

大学進学も、もっとダンスがしたい、広い世界を観たいという理由で上京を決意した。考えるよりも気持ちが先に動くせいでもっと考えて違う大学に行けばよかった、なんてあとから後悔したりもするのだが、自分を突き動かす衝動のようなものを大事に生きてきたからこそ、失敗も多いが今の楽しい人生を作ってこられたように思う。 少し曲線したレールかもしれないけど、今もこうして「文章を書きたい!」という気持ちでアンテナでライターをしている。今後の人生も、そうやって作っていけたら。

 

 

 

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