COLUMN

【カルト映画研究会:第七回】デュエリスト/決闘者(The Duellists)

2020.10.29

石川 俊樹石川 俊樹

『エイリアン』(1979)『ブレードランナー』(1982)の監督として有名なリドリー・スコット劇場映画デビュー作。

 

1800年代のフランスを舞台に決闘に人生を翻弄された2人の軍人のドラマである。決闘は16世紀から17世紀のフランスにおいて盛んに行われた名誉毀損に対する解決方法で、合法とも違法とも言えず、そこには申し込む側も申し込まれる側もお互いの名誉が大きく関わっていた。

冒頭から長閑な田園風景の中で行われている決闘シーン。ハーヴェイ・カイテル演じるフェロー中尉は些細なことから名誉を傷つけられたとして市長の甥と剣を交えている。相手はすでに及び腰にも関わらず中尉は手を緩めず重傷を負わす。

 

後日その件で謹慎を伝えるためにフェローの元に赴くのがこの物語のもう一人の主人公、キース・キャラダイン演じるデュベール中尉である。上流の夫人のお茶会でフェローを捕まえたデュベールは軍令を伝えるが、夫人の前で恥をかかされたとしてフェローは激怒、いきなりデュベールに決闘を申し込み、ここから二人の何年にもわたる因縁が続く事になる。

フェローの倒錯に見る、歴史ドラマとは思えない現代的なリアリティ

プライドとは厄介なものである。人生において信念を持つことは大事で、それによって人は自分の行動にプライドを持ち、困難を乗り越える力を手に入れることが出来る。

 

だがそのプライドの根源の部分は他人からすると見えづらく、軽口で言ったつもりがその人の思わぬ怒りを引き出してしまうことは誰でも一度は経験するのではないだろうか。

いわゆる地雷ってやつである。

 

例えば「自分の好きなアイドルの悪口を言われた」、「自分が感動した映画をバカにされた」、「自分の趣味を遊びって言われた」……、挙げればキリがないほど日常においてプライドに抵触する地雷は多種多様である。だがそのキッカケとなった些細な事象は表層にすぎず、実は本人も気づかないほどその人自身のアイデンティティの部分で深く繋がっている。だからそうした軽口は時にその人の全否定に聞こえてしまう。

 

ナポレオンに心酔するフェロー中尉は何よりも名誉に固執する偏執的な人物であり、自ら進んで決闘を行う事でアイデンティティの確認と自己保身を行っているふしがある。決して卑怯ではないし、もしかしたら軍人としても優秀な人物なのかもしれない。しかしその決闘における正々堂々とした態度こそがフェローに固執する正当性を与えており、自身がそこに陶酔する倒錯性があるのだ。

 

そんなフェローの倒錯に巻き込まれ何年にもわたって粘着され翻弄されるデュベール中尉は、元々享楽的な優男であり人生をマイペースで楽しもうとしていた平均的な人物。彼がフェローの言いがかりとしか思えない倒錯的な決闘を受け、次第に憔悴していく様はまるで現代のSNSにおける言われなき悪意に巻き込まれた人の戦いのようで、歴史ドラマとは思えない現代的なリアリティがある。

 

そのどちらにも肩入れすることなく淡々と二人の関係を描く(視点は主にデュベール側だが、そもそもフェローの人間性は変化がない)リドリー・スコットの演出はそうした人間の本質的な危弱性を浮き彫りにし、歴史的背景の理由を与えることなく普遍的な人間ドラマとして我々に問いかけてくる。

 

映画は38年前の作品、原作者のジョセフ・コンラッドにいたっては100年以上前の人物である。人間がプライドに囚われ名誉を重んじるあまり他人の半生をも蹂躙する営みは古来から変わっていないということなのだろうか。

リドリー・スコットの次作『エイリアン』とも共通する理解不能なしつこさ

この映画の2人に圧倒的に欠けているのが対話だ。

 

特に決闘に固執し聞く耳を持たないフェローのような人間にとっては、戦争すら個人的なステージとなる。ロシア出征時に2人が対峙するシーンでの、戦場の絆という幻想に流されることなく決闘にこだわるフェローの姿は哀れを通り越して滑稽ですらある。

 

結局フェローという人物はナポレオンに仕えると言いながら政治的な意図はまるでなく、ただただ己のアイデンティティをそこに重ねているだけにすぎない。ナポレオンが失脚しプライドの拠り所を失ったフェローが最後にデュベールと対決するシーンでは、もはやありもしない信念にすがり精一杯虚勢を張る姿が印象的だ。

 

この映画は第30回カンヌ映画祭審査員賞を受賞し、その2年後にリドリー・スコットはあの『エイリアン』を撮ることになる。宇宙を舞台に最後には人間と宇宙生物の一騎打ちを描く『エイリアン』では、殺戮のみが本能の圧倒的に対話不可能なモンスターが登場するが、理解不能なしつこさという意味では本作『デュエリスト』からの延長上のモチーフという見方も出来るのかもしれない。

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