INTERVIEW

REPORT

【もっと身近なクラブカルチャー】vol.3:Potluck Lab.

2020.07.27

阿部 仁知阿部 仁知

連載『もっと身近なクラブカルチャー』第三回の今回は、有村崚(in the blue shirt)とストーンズ太郎の主催するDTMワークショップ『Potluck Lab.』をピックアップ。そこには自身の表現活動だけではなく、楽曲制作という文化そのものに向けられたおおらかな目線がありました。今回は2月にCIRCUS Osakaで行われたPotluck Lab. vol.3 のイベントレポートと、主催のお二人へのインタビューの2本立てでお送りします。

Potluck Lab. vol.3 @CIRCUS Osaka イベントレポート 2020.02.08

レポート:阿部 仁知 編集:吉田 紗柚季

iPhone一つで作曲からリリースまでが完結し「誰でも手軽にアーティストになれる」時代になって久しいが、脚光を浴びるのはごく一握り。あるのかないのかわからない反応や、あまり伸びない再生回数にさらされながら実感の掴めない活動をしている人も多いのではないだろうか。DTMとは実に孤独なものだ。かつての僕がそうだった。

今となってはDTM用に買ったパソコンが原稿を書くものになってしまった僕は、このPotluck Lab.という地道にDTMを続ける人々が交流するワークショップにおいて半ば部外者のような立場ではあったが、それでも感じることは多々あった。ましてや音楽で何かを成そうとしている大多数の参加者はなおさら刺激になっていることであろう。ワークショップのディテールについては主催の有村(in the blue shirt)の振り返り参加者のtakawoさんのレポートに詳しいのでそちらに譲るとして、ここではこの試みの意義に焦点を当てて振り返っていきたい。

 

まず感じたことは、ここで行われているのは「これが正しい」というものではないということだ。例えば最初のセッションではMP3やWAV、レコード音源など各種フォーマットの音源を聴き比べたが「音質が良ければいい」という話ではないし、MAD動画やスカムミュージックを通してピアノ男が示したおよそ普通や一般からかけ離れた「ご冗談のような音楽とおふざけテクニック」にしたって、「逸脱こそが正義!」なんて言いたいわけじゃない。mochilon(柿本論理)はポピュラー音楽においておよそ正しい(とされている)音楽理論(バークリー・メソッド)の話をしてくれたが、それも「従えば勝てるぞ」ではないだろう。Circusで5年にわたり店長を務めてきた経験からミタちゃんが語る「ハコの人に聞く」では、「Circusがブッキングで大切にしていること」、「どうしたらクラブイベントに出られるか」など様々な質問が飛び交ったが、これだって「コネを作れよ」が主旨ではない。全ては一つの選択肢であり、必要性を実感して主体的に選びとることが重要なのだろう。ではその必要性とはどのように立ち現れるものなのだろうか。

 

そこに有機的に絡んでくるのが講義形式のセクションの間に挟まれる「Take potluck」、持ち込み音源視聴会だ。ここに集まった70余名の参加者の自作音源が一堂に会するこの時間の中で、自らの長所や短所が浮き彫りになってくる。例えばDrakeやFrank Oceanの楽曲と自分の音源を並べたところで「いやいや、かなわねえよ」となるのがオチで、自分事としてリアリティを持って比較検討することはなかなか難しい。だがPotluck Lab.という媒介を通すと、「この人のハイハットの音色やべえ……」とか「あれ、意外と俺の曲クールなんじゃ?」なんてことが肌感覚として実感できる。リアルなライバルがいるからこそ自らの輪郭がはっきりしてくる。これこそが、このワークショップの一つの意義なのではないだろうか。

 

そして、場所を移して行われた二次会にもこの試みが育む精神は現れていた。同じ志を共有した参加者たちの分け隔てのない交流や、「こういうことやってみたら面白そうじゃない?」といったアイディアが飛び交うただ中にいると、極端な話この集まりだけを開催してもいいのではとすら思えるくらいだ。しかしながら、この懇談の意義を120%引き出しているのはやはり、主体的に考える様々なフックが散りばめられた本編なのだろう。Potluck Lab.はセミナーやコンペティションのように何か結果を出そうというものではない。しかし、主催の有村やストーンズ太郎も含めた対等な緩い連帯があれば、DTMの孤独も少し和らぎ、希望を持ってまた一歩を踏み出すことができる。そんなことを感じた時間だった。

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