COLUMN

俺の人生、三種の神器 -アベ トモミ ②ギター編-

2020.07.13

アベ トモミアベ トモミ

▼俺の人生、三種の神器とは?

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

生まれて初めて自分のギターで出した音を、今もはっきりと覚えている。ポジションを何度も確認し、恐る恐る鳴らしたローコードのAはずっしりと、それでいて煌びやかに聞こえた。同い年の従姉妹が軽音部に入ったのがきっかけでギターに興味を持った私に、高校入学のお祝いとして父の友人がフェルナンデスの ZO-3 と小さな VOX のアンプを買ってくれた。その音を鳴らした瞬間、体温が急激に上がっていくのがわかる。それが私にとって新たな世界が始まる音だった。

本当の自分になれる音

ギターとは不思議なもので、弾いていると普段感じることのない感覚に没入するのだ。それは写真を撮ったり文章を書いたりしても味わえない、いわゆる “ゾーン” と呼ばれるものなのだと思う。音を鳴らせば本音と建前との間に隔てた壁が壊れ、ようやく本当の自分になれる気がして、その感覚が私をさらに虜にしていった。その当時から自分にとって憧れのギターヒーローはくるりの岸田繁さんとフジファブリックの志村正彦さんであり、この二つのバンド、そしてこの二人がいなければ今の自分は存在しないと言っても過言ではない。岸田さんと志村さんのようになりたくて、バンドスコアとにらめっこしながらギターを弾いていた。

 

とはいえ、通っていた中学校・高校には軽音部がなく、周りにギターを教えてくれる人がいないため、独学でやるしかない。その上、徐々にスクールカーストを踏み外していった私は気軽に誰かに「一緒にバンドやろう」と声をかけることもできず、疎外感を抱えたままずっと練習を続けていた。学校の一大イベントである文化祭ではバンドがいくつも出演し、そのバンドの友人達がステージの最前列辺りを占めて内輪ノリのように盛り上がっている。私にはその光景があまりにも眩しすぎて直視できなかった。中途半端に鬱屈した気持ちを抱きながら、昼休みに音楽室の個室を借りて一人こそこそとアコースティックギターを練習する、そんな毎日を過ごしていた時だった。

青春×初期衝動=ロックンロール

高校3年生の初夏。ひょんなことから知り合い、仲良くなった友達と一緒に地元にあるライブハウスへ行ってみることになった。まだ明るさの残る夕暮れ時、緊張しながら重い扉を開くと、それまでライブハウスにぼんやりと抱いていた “怖い場所” のイメージが覆るほど優しく私たちを迎えてくれた。月に一度、初心者・ベテラン関係なく誰でも大歓迎のセッションが行われており、そこに集まる大人達が音楽の楽しさを教えてくれた。

 

そしてついに、他校の友達とギターボーカルとドラムの2ピースでバンドを組むことになった。ベースがいない編成に最初は不安だったけれど、同じタイミングで2ピースバンドとなったチャットモンチーが私達にバンドを始める勇気をくれた。小さなスタジオで鳴らした音が一つになった瞬間の高揚感、これこそが音楽の初期衝動。まだまだいびつでも、ずっと憧れ続けてきた音が360度包み込んで私達を押し上げていく、その感覚がたまらなくうれしかった。バンドを組んでしばらくしたある日、初めてのライブが決まった。演奏する曲をチャットモンチーと andymori とくるりに決め、その日のためにひたすらに練習を重ねる。高校生活の終わりは、もうすぐそこまで見えていた。

スポットライトが照らす過去、鳴らす今

とうとうやって来た初ライブの日。ライブハウスの前には数日前に降った大雪がまだ少し残っていて、かじかむ指先をなんとか温めながらその時を待つ。ついにスタッフさんに呼ばれてステージに上がり、機材のセッティングをしていると、ふと目の前で名前を呼ばれた気がした。視線を上げると、そこには中学時代に同じ学校だったやんちゃなグループが最前列でニヤニヤしながら立っていた。瞬時に苦味しかない、モノクロの思い出ばかりが蘇ってくる。だけど、今この瞬間ギターを手にしている自分はただダメージを受けるしかなかったあの頃の自分とは違う。過去の自分と対峙する時が来たんだと覚悟を決めて前を向き、青いストラトキャスターを思いっきり鳴らした。

 

演奏はボロボロだったかもしれない。けれど、とにかく一生懸命に最後までやり切った。演奏を終えた時、ようやくあの頃の思い出に勝てたような気がした。それだけで十分だった。

 

ライブから1ヶ月半後、音楽の専門学校へ進学する為に上京した。結論から言うと、2年間の学校生活はほとんど苦い思い出ばかりで上手くいかずに終えてしまった。それでも、ギターがきっかけで様々な人と出会い、いくつものかけがえのない思い出が生まれた。今は長らく弾けていないものの、これからどんなに忙しくなろうと、生活環境が変わろうと手放すことはなく、私は一生ギターと共に生きるのだと思う。なぜならそれが私にとっての愛してやまない神器だから。

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