COLUMN

俺の人生、三種の神器 -新原なりか ②BUMP OF CHICKEN編-

2020.07.06

新原 なりか新原 なりか

▼俺の人生、三種の神器とは?
人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。
折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

甲本ヒロトは中学生の時、ラジオから偶然流れてきたマンフレッド・マンの “ドゥ・ワ・ディディ・ディディ” を聴いて衝撃を受け、音楽に目覚めたという。日本を代表するロッカーと自分を比べるのもなんだが、私はこの話を聞いた時その感覚がとてもよくわかると思った。同じような体験をしたことがあるからだ。

 

私にとってのその「目覚め」の一曲は BUMP OF CHICKEN の “カルマ” だった。

 

前回の「俺の人生、三種の神器」では、コントラバスという楽器に出会って音楽を奏でる喜びを知ったという話を書いたが、今回はそれと並行するもうひとつの音楽との出会いの話を書こうと思う。

音楽観革命

衝撃の出会いは中学2年生の時。ラジオが好きだった私に友達Cが勧めてくれた番組「SCHOOL OF LOCK! 」の中でのことだった。この番組にゲストとして BUMP OF CHICKEN が登場した夜、新曲としてオンエアされた “カルマ” を聴いた瞬間、大げさでなく見ている世界が変わった。イントロ1秒目から走った衝撃は今でも覚えている。

「なにこの音、なにこの歌詞、なにこの声。めちゃくちゃすごい、かっこいい!」音楽、特にロックやポップスに関する知識がほとんどなく、エレキギターとアコースティックギターの違いもわかっていなかった当時の私は、そんな素朴な語彙しか持ち合わせていなかったが、とにかく全身で感動した。音楽にこんなに心を動かされることがあるなんて、それまで知らなかった。音楽の「世界観」というものを初めてまるごと受け取ることができたのがこの時だったのだと思う。

 

その夜ベッドに入った後も、起きて学校で授業を受けている間も、部活の時間になっても、その曲は頭の中で鳴り続けていた。これはただの比喩ではない。エッジの効いたギターが、お腹に響くベースが、疾走感あふれるドラムが、絞り出されたような声が、振り払おうとしても耳から離れず、一日中聴こえていた。あんな感覚には、後にも先にもあの時しかなったことがない。

 

今になって思えば、私が「音楽好き」としての道を歩み始めたのもこの時だった。これまで「なんとなく流れているもの」だった音楽が「主体的に向き合うもの」に変わったことで、音楽から受け取れるものが何倍にも広がったのだ。もっといろんな景色を見てみたいと思った私は、様々な音楽を貪欲に吸収していくようになった。

Crazy for BUMP

この衝撃の出会い以降、私は BUMP OF CHICKEN にどんどんのめり込んでいった。私だけではない。SCHOOL OF LOCK! を教えてくれた友達Cも、同じ時期にバンプの大ファンになっていた。

 

お小遣いではなかなかCDが買えず、毎日自宅のPCに張り付いてYouTubeにアップされているMVやライブ映像を観まくった。中には、ファンが作ったFLASHアニメでしか聴けない曲もあって、それを繰り返し観たせいで今でもその曲を聴くと頭の中にモナー(電子掲示板などでよく用いられたアスキーアートによるキャラクター)が浮かんでくる。

 

雑誌やインターネットから得られるバンドに関する情報はでき得る限り網羅し、バンド結成のエピソードからメンバーの食べ物の好き嫌いまで、あらゆる事柄を暗記していた。雑誌『ROCKIN’ ON JAPAN』に掲載されたGt / Vo 藤原基央の2万字インタビューなんて、もう何度読んだかわからない。

 

当時住んでいた鹿児島でのライブが決まった時には、ラジオ番組を通して行われた先行予約でチケットを取ろうと、学校のトイレにこもってCと電話をかけまくった。なぜトイレかというと、学校への携帯の持ち込みが禁止されていたから。結局チケットは取れず、いつかライブを観たいと焦がれる日々は続いた。

 

横浜のラジオ局で放送されている BUMP OF CHICKEN のレギュラー番組も、インターネット配信で毎週欠かさず聴いていた。Cのメッセージが番組内で読まれた時は、本当に涙が出るくらい嬉しくて、1週間の配信期間中に何度も繰り返して聴いた。

 

こうやって改めて振り返ってみると、アイドル的なハマり方をしている部分も大きかったんだなと少し照れ臭くなる。それでも、やっぱり一番には BUMP OF CHICKEN の音楽が大好きで、思春期の揺れ動く心の支えになってくれていたことは間違いない。友達と一緒にキャーキャー言いながら雑誌の写真を見ていた思い出以上に、暗い部屋で布団にくるまりながら “Title Of Mine” や “embrace” を聴いてひとり涙を流し唇を噛み締めた記憶が、今も心の奥にしっかりと残っている。

安心して、好きでいてね

そんな BUMP OF CHICKEN 熱に浮かされた中学時代だったが、上がった熱はいつか冷めるもの。高校、大学と年齢が上がっていくにつれ、私は徐々にバンプの音楽を聴かなくなっていった。

 

中学時代は、匿名掲示板でバンプの音楽を「中二っぽい」などと言ってけなしている人を見るたびに、こんな大人には絶対なりたくないと軽蔑していた。しかし、気づけばすっかりそんな大人になっていた。きれいごとばっかり歌ったってさ、世の中そんなにうまくできてないよ、なんて思いながら、かっこつけて洋楽ばかり聴くようになった。

 

しかし、それから数年、ふと耳にしたある曲が私とバンプの間にできていた壁をぶち壊してくれた。“才悩人応援歌” という曲だ。

 

「ファンだったミュージシャン 新譜 暇つぶし / 売れてからはもうどうでもいい / はいはい全部綺麗事 こんなの信じてたなんて / 死にたくなるよ なるだけだけど」

 

この歌詞を聴いた時、斜に構えている自分が見透かされたような脱力感を覚えるとともに、いつでも正直な心情を歌ってくれるバンプへの信頼が蘇ってきた。また、歌詞もサウンドも、確実に次のステージへと進んでいることが伝わってきて、何歳になってもバンプは「今」を一緒に歩んでいけるバンドなんだなとまた思えた。それから、バンプの曲はまた私の生活の中に戻ってきたのだ。

 

それからまた数年が経った昨年、東京ドームであのCと2人で、BUMP OF CHICKEN のライブを観ることができた。あの頃だったら、2人とも嬉し過ぎて気絶していてもおかしくない。でも今の私たちにはそんな心配はなかった。2人とも、平熱でバンプの音楽を愛し続けている。それがしみじみと嬉しい。

 

「お互いに あの頃と違っていても 必ず探し出せる 僕らには関係ない事」

 

ライブのラストで歌われた “流れ星の正体” の歌詞に、思わず涙がこぼれた。

彼女には小さな子どもがいて、グッズのキッズ用Tシャツを着ている子どもの写真を後日送ってくれた。いつかライブにも一緒に行きたいと彼女は言う。こんなに素敵な未来があるよ。安心してバンプを好きでいてね。「あの頃」の私たちに教えてあげたい。

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