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俺の人生、三種の神器 -片山香帆 ①学芸会編-

2020.06.15

片山 香帆片山 香帆

▼俺の人生、三種の神器とは?
人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。
折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

人生の転機について考えた時、まず浮かんだのが学芸会の思い出だ。今の私はライターで生計を立てているが、かつては役者を目指していた。小学校二年生の時に学芸会である役を演じてから大学卒業まで、私の頭は演劇でいっぱいだった。「三種の神器」1つ目は、人生の転換期に現れた「こと」、学芸会の思い出について。

浮いている感じがしていた

一人っ子の私は、同世代の子どもよりも大人に囲まれている時間のほうが長かったからか、人の顔色を伺う子どもだった気がする。相手が何を望んでいるのか、相手は自分をどう思っているのかを気にしてしまい、友達に「遊ぼう」と声をかけるのが苦手だった。大人からの質問や同級生からの遊びの誘いに対しても、どう返すべきかを考えてしまい、自分の思いを正直に伝えられなかった。

 

そのうえ、私は自分が地元出身ではないことで、すでに出来上がっているコミュニティに入りづらさを感じていた。親同士が古くからの知り合いという同級生のペアがすでに出来上がっている中に飛び込むことができず、自分が浮いた存在のように思えた。

学芸会の準備で集まった視線

そんな私に転機が訪れたのは、小学二年生で、4年に一度開かれる学芸会の準備で台本読みをした時のことだった。なぜあの時、私が率先してその台本を読んでいたのかは覚えていない。けれど、大好きな先生が手渡した台本を声に出して読んだ時、普段感じたことのない同級生たちからの視線を感じた。

 

これまで私は、自分に同級生の視線が集まるのを感じたことがなかった。国語の授業で前に出て音読する時には、みな教科書かノートを見ているか、落書きをしているか寝ているかで、誰も私を見てはいない。けれど台本を読んだ時、同級生は確かに私を見ていた。多分…自分の思いをうまく伝えられない、引っ込み思案な私が、突然大きな声を出して別人になったことに驚いたのではないだろうか。

 

教室にいる全員が静まり返る、ということは正直な話なかったけれど、少なくとも数人の同級生は、何かをしていた手を止めてこちらを向いていた。物語に引き込まれていたのか、普段全然話さない私が大きな声を出してイキイキとしている姿に驚いていたのかはわからない。

 

けれどその時初めて、自分の存在が認められたような気がした。

存在を認められたかった

小学二年生の学芸会では主役を演じた。全校生徒の前で演じた時、人の視線が集まることに安心感を覚えた。それまで浮いていた存在が認められたようで嬉しかったのだと思う。

 

五年生の時の学芸会ではやりたい役を勝ち取り、その役を演じることに全力を尽くした。

 

その頃、就寝時間が夜8時から夜10時になり、私はテレビドラマに魅了される。恋愛もの、ファミリーもの、コメディにサスペンスと、毎日違うジャンルのドラマを見ては、登場人物やその後の物語に思いを寄せていた。中学校には演劇部がなかったが、私を魅了したテレビドラマや読書好きな友人、二次創作好きの友人との出会いが「物語が好き」という思いを膨らませてくれた。高校にも演劇部はなかったが、各クラスが演劇を披露すると決まっていた高校三年生の文化祭で、私はその半年前から脚本・演出に立候補。同級生を巻き込み、1つのお芝居を作り上げた。その物語が人気投票で8クラス中3位となったとき、私は「もう演劇以外をやる理由がない!」とまで思った。

 

ただ、母親が演劇の道に進むことを快く思っていないのが分かっていたため、「演劇を学べる学校に行きたい」とは言えなかった。とはいえ、私は演劇のことばかり考え、受験勉強をろくにしなかったので、大学受験は滑り止め以外全て不合格。でも、合格した大学には演劇研究部があった。私は入学式後に即刻入部し、3年間を演劇に費やす。

 

2つ目の転機が来るまで、勉強も運動も大してできない私にとって、唯一自信を持ってできることが演劇だった。だからこそとにかく全力で打ち込んでいた。あの時の全力っぷりには我ながら感心している。

 

本当に演劇が大好きだった。でも、2つ目の転機がその思いを乱暴な形で断ち切った。

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