COLUMN

俺の人生、三種の神器 -アベ トモミ ①ラジオ編-

2020.05.04

アベ トモミアベ トモミ

▼俺の人生、三種の神器とは?

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

宮城生まれ、ラジオ育ち。友達はそんなに多くないけれど、ラジオがきっかけで出会った友達は大切な存在だ。朝のキッチンや学校帰りの車の中、物心ついた時から気づけばいつも私の生活の中にはラジオがあった。特に面白いのが宮城なのに東京のJ-WAVEが聴けることで、地方の小さなラジオ局にはよくあることなのだが地元のコミュニティFMが自局制作番組を流していない時はJ-WAVEを流している。なので日曜日の昼下がりになると、訛りが飛び交う商店街のスピーカーから最近の流行曲とクリス・ペプラーさんの軽快なトークが響き渡るのだ。それは実にシュールな風景で、歩きながらちょっと笑ってしまうけど、どうか許してほしい。

チューニングを合わせて広がる世界

中学生になるとなんとなく聴いていた音楽の中に自ずと“好きなアーティスト”が生まれてきて、その人がラジオ番組をやっていると知ると、家族からラジカセを借りてなんとかチューニングを合わせてその時を待ちながら胸を踊らせる日々が始まった。電波が上手く入らなくてラジカセを持ったまま部屋の中をぐるぐるしたり、時には手を広げたり背伸びをしたりして自分がアンテナになってみたりもする。放送時間が深夜だと寝落ちすることもしばしばで、時間帯によっては首都圏枠の部分が聞けなかったり全国枠から区切られ途中で放送が終わることもあったりと歯痒い思いもしたのだった。

そんな中、高校入学とともに訪れた大きな転機。10代向けのラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』に”入学”したのだ。この番組がきっかけである種ビックバンのような衝撃とともに自分の見ていた世界が広がり、アイドルの曲が大半だったウォークマンの中身が瞬く間に邦楽ロックを中心とした多種多様な音楽でいっぱいになった。いつもあんなに格好良い音を鳴らしているアーティストもひとたび喋れば笑いすぎて涙が出るほどトークが面白かったり、普段考えていることの一部分を聞かせてもらったりと、音楽だけでなく人間性に惹かれてさらに彼らを好きになっていくこともしばしばで、ステージの上より距離が近く感じるのもラジオの大きな魅力のひとつと言える。また、今まで疎外感や劣等感を抱いていた自分と似たような思いや悩みを抱えて生活している人が他にも沢山いることを知った。顔も見たことのないその人の声に耳を傾け、パーソナリティとのやり取りから生まれる言葉とそこに寄り添うように流れる楽曲に励まされる夜もあった。さらにこの頃から番組に投稿したり企画に参加し始め、アイデアを考えて言語化したり、それを形にするというスキルの基礎はこの番組で養われたといっても過言ではない。投稿を番組で取り上げてもらった時は嬉しくてたまらなくて、次の日も録音した音源を聴いてはついついにやけてしまうことも。後にこの番組の主催で開催されたライブイベントにてスタッフの方にフットワークの軽さを褒めていただいたことは、今も私の中で小さな誇りとなっている。

ラジオの電波がかける魔法

ラジオは家の中だけでなく外でも触れることのできるメディアで、なんといってもその土地でしか聴けないラジオ局があるのが醍醐味である。高校2年生の終わり、部活の遠征で兵庫にいた私は移動のタイミングでウォークマンのラジオをつけてみた。合わせたチューニングはFM802。ちょうど中島ヒロトさんの番組『802 RADIO MASTERS』の時間で、こんなに遠くまで来れた嬉しさと知らない土地で慣れない少しの不安をメッセージとリクエストに込めて応募してみた。しばらくするとひどいノイズの間からラジオネームを呼ばれた気がしたのだ。一瞬ノイズが晴れたその時に聴こえてきたのは私がリクエストしたくるりの『ハイウェイ』。地元から遠く離れた街で好きな曲がラジオから流れてほっとしたこと、その時の空の色まで今でも覚えている。普段聴いているはずの曲がラジオから流れるといつもと違うように聴こえるのは、それは曲にいろんな人の思いが乗っている、ラジオの魔法のせいなのかもしれない。

今やラジオは『radiko』のようなスマホアプリを使うことにより、全国各地のラジオ局の番組を聴けるようになった。現在も宮城に住んでいる私も、radikoを使ってFM802やα-stationを聴いている。距離を飛び越えて関西のラジオ番組が身近になり、さらに興味を持てるようになったのはこのおかげだけれど、訪れたその土地で流れるラジオを聴くことは今も旅の醍醐味だ。

沢山のひとり、灯る明かり

私はラジオは”窓”だと思っている。孤独で塞ぎ込んでしまいそうな深夜でもラジオをつければ誰かのくだらない話や笑い声が流れてきて、心の中にすっと入り込んではいつの間にか少し軽くなっている。トーン、質感、震え、感情。喋る言葉から温度が直に伝わってきて、じんわり静かに内側へ滲み入ることもあれば、思いが込もったり強くなった時にはパーソナリティとリスナー双方の感情が増幅して、一種のグルーヴ感を生み出す。それがいわゆる”神回”というやつなのだろう。パーソナリティだけじゃない、その番組に携わるスタッフも、どこかで同じように聴いている顔の見えない会ったことのないリスナーの存在も電波を通して確かに感じる。ひとりだけど、聴いているのはひとりじゃない。沢山のひとりがラジオという場所に集まっていて、ぽつりぽつりと窓越しに明かりが灯るようにそれぞれ違う場所で同じ番組を聴きながら笑っている。その景色は目に見えないけれど、きっとどんな夜景よりもやさしくて美しい。そういう空気と関係性がとても心地良く愛おしくて、また今日もまたラジオをつけてみるのだ。

そういえば最近、ラジオ聴いてますか?

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