COLUMN

【漫画で読み解くストーリー:第二話】『のだめカンタービレ』に見る才能の描き方

2020.03.10

石川 俊樹石川 俊樹

イラスト提供:中田アミノ

エンターテインメントのストーリー、特に少年マンガでは主人公の成長を描くのが鉄板のセオリーです。なぜなら読者は主人公が困難に打ち勝つプロセスに感情移入するのだし、そうでないとストーリーのカタルシスを作るのが難しい。

 

成長を描くには2つの要素が必要です。それは「才能」と「努力」。読者が主人公の成長に感情移入してワクワクしながら応援してくれるようにするには、その2つの要素の描き方に読者が納得する事が必須。この演出のさじ加減は本当に難しくて、主人公に才能があってもキャラクターとして魅力がなければ感情移入出来ないし、努力のプロセスも説得力と興味を繋げる工夫がなければ読者が置いてきぼりにされる才能のインフレ状態になって、ストーリーが飽きられてしまうという危険性があるからです。

 

2001年に女性誌「Kiss」(講談社)で連載が始まった二ノ宮知子先生の「のだめカンタービレ」は、アニメ・ドラマ・映画にもなり、日本に一大クラシック音楽ブームを巻き起こした大ヒットラブコメマンガです。視覚情報であるマンガというメディアにおいて「音楽」を題材にするのは難しいと言われ(自分も担当編集者に直接言われたことがあります)ます。

のだめカンタービレ

 

 

作者:二ノ宮知子

連載期間: 2001年14号 – 2010年17号

掲載誌:Kiss / 講談社

ステレオタイプな音大生像を壊すのだめ

中でも特に難しそうなクラシック音楽をネタにここまで大ヒット作品が生まれたのはなぜなのでしょうか?それはこの作品に堅いイメージのあるクラシック音楽の世界を逆手にとった、才能の描き方に秘密があるからです。

 

多くの方が長年イメージしてきた音大生もしくはクラシック業界は「お金持ちのお嬢さんが行く厳格な音楽の世界」でしょう(ただこの作品も20年前ですし、今はその限りではありませんが)。主人公ののだめはピアノ科の音大生ですが、そのキャラクターはおよそ我々一般人がイメージする音大生とはかけ離れています。そんなのだめが一方的に恋をして数々の騒動に巻き込まれていくのが、世界的なピアニストの息子で、すでにカリスマ性を持つイケメン音大生千秋先輩。我々一般人のクラシック音楽に対するイメージを体現するような千秋先輩と、ひたすらマイペースでだらしなくて奇声を発する不思議女子のだめが出会う第1話は、そのままクラシックの厳格なイメージの世界にマンガが殴り込みをかけたような勢いと爽快感があります。

 

中でも酔った千秋がのだめの汚部屋に引き込まれて目が覚めた時に見る光景、この見開きがこの連載の面白さと方向性を強く印象付けている点は見逃せません。

読者にキャラクターの才能と魅力を認めさせる3つの条件

のだめは千秋やその他様々な演奏家を引きつける天性の才能を持っています。連載の中では同年代のライバルから先生、世界的なピアニストまでがのだめに特別な「何か」を感じ、その特別な才能に魅了されていきます。こうやって文章にすると簡単なようで、これをマンガで表現するのがいかに大変か!.読者にマンガのキャラクターと同じような感覚でのだめを認めてもらうためには以下の条件をクリアする必要があります。

 

  1. 才能を持っていても読者に嫌われない親しみやすいキャラクターの魅力
  2. 才能のステップアップがわかりやすいモチーフと世界観
  3. ステージが上がっても才能のインフレを起こさず、いつまでも読者をワクワクさせる工夫

 

1に関しては二ノ宮先生のコメディセンスが大きいですね。人は笑わせる人に警戒心を持たない。このお堅いモチーフを扱うにあたってコメディエンヌとしての「のだめ」を設定した二ノ宮先生と担当編集者の戦略は本当に天才的。僕は先生の「平成よっぱらい研究所」(1996年祥伝社)も大好きなのですが、そこではすでに「のだめ」のハチャメチャなグルーヴが完成されています。

 

2に関しては我々一般読者のイメージを利用しています。厳格なクラシックの評価は過去の名曲をいかに演奏で表現するかで評価されます。曲によってのレベル(難易度)の違いも読者が共有しやすいし、いわゆる解説者キャラの説明もわかりやすい。例えばこれがロックバンドの話だと説得力がバンドのメンバーの恍惚の表情とオーディエンスの盛り上がりだけで、ロックバンドの「格」が客観的に見えづらいゆえにストーリーも表面的な感情レベルの成功止まりになりがちですが、クラシックの世界では日本からヨーロッパ、特にフランスやウィーンといった具体的な格上ステージのイメージは誰もがわかりやすい。ここでもクラシックの厳格さのイメージを上手く利用しているのですね。

 

3に関しては、のだめは10巻でパリの名門音楽学校コンセルヴァトワールへ旅立ちます。そこからさらにレベルの高いライバルとしのぎを削ることになるのですが、日本編よりさらに綿密な取材が効果を発揮し、クラシック音楽界のリアリティが上がっている事に注目して欲しい。つまりのだめの才能が覚醒してステージの厳格さも上がっているんですね。同時にパリ編に入っても魅力的な脇役に事欠かずシリアスになりすぎないコメディセンスはしっかり継承されている……このあたりのバランスはもう見事としか言いようがありません。

すべてのキャラクターが音楽に魅了される姿と、それぞれの挫折と成長を描いている

僕がのだめを読んで泣いてしまうのは、そこで描かれる「才能」が人を蹴落とすものではなく、時に人を傷つけ様々な葛藤や孤独を生みだしながらも勝者も敗者も「音楽」というものに魅了されていく姿に人間的な成長をみて勇気付けられるからです。

 

このマンガのキャラクターは事あるごとに罵り合ってます。そこには嫉妬や妬みや、自分の不甲斐なさへの苛立ちがある。でも皆それを隠さず感情をぶつけ合って競い合い、やがてライバルを認め自分の居どころを見つけていきます。誰一人成長しないキャラクターがいないのです。クラシック界という「格」の世界を描きながら、最終的にすべてのキャラクターが音楽に魅了される姿とそれぞれの挫折と成長を描いている……このマンガのすごいところは主人公の才能だけではなく、登場人物全ての才能を描いているところなんです!

「何百年も前に記された音符が 生まれ育った国も 性別も目の色も 何もかも違うふたりに 同じ音を思い描かせる わかりえないと思った人と たった一音で分かり合えたり 惹かれあったり」(25巻より)

クラシック音楽という厳格な世界を題材に、全く逆の世界から来た「のだめ」という才能が僕らを最後に連れて行ってくれたステージは勝者の孤高の権威でも世界の頂点でもない、こんなにもシンプルで暖かい場所だったことにこのマンガの「才能」の描き方の素晴らしさがあると思うのです。

次回のマンガ:AKIRA

 

 

作者:大友克洋

連載期間:1982年 – 1990年

掲載誌:週刊ヤングマガジン / 講談社

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