COLUMN

俺の人生、三種の神器 -児玉泰地 ①靴屋のゴジラ 編-

2020.03.16

児玉 泰地児玉 泰地

▼俺の人生、三種の神器とは?

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

私はよく街を歩く。気になるイベントや場所に行く時、ふと思い立った時、時間が余った時等、何か惹かれるものがないか探しながら歩く。そうして偶然出会った、お店や展示、ギャラリー、そこにいた人との会話などで、私の感性の幅は広げられてきた。太宰治は勉強について「公式や単語をたくさん暗記している事でなくて、心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ。(中略)その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。」(太宰治著「正義と微笑」から。新潮文庫『パンドラの匣』に収録)と語った。たまたまの出会いこそが、私にとっては「ひとつかみの砂金」になっている。これが私の人生の「三種の神器」のひとつ目だと思う。

そんな偶然の出会いの原体験が、京都の靴屋で見た「ゴジラの着ぐるみ」だ。

市井のゴジラ

高校生の時に三条通りを西へずっと歩いてみた。京阪三条駅から出発し三条大橋を渡り、アーケードを抜け、寺町通りとの交差点にあるかに道楽を通り過ぎ烏丸通を横断。三条会商店街を通って立命館朱雀キャンパスの近くまで行った。

その商店街に一軒の靴屋があった。前を通り過ぎようとして、思わずショーウィンドーの向こうを見た。陳列棚の間に180cmある僕の身長と同じくらいの大きさの、黒黒とした図体が背を向けて立っていた。岩のような胴体に白い背びれ、少し斜めに歪んでいたが、それはまさしく映画の中で暴れていたゴジラそのものだった。幼少の頃からゴジラが好きだったので思わず店に入ってしまい、奥から出てきたご主人に、ゴジラを見たくて入ったと白状した。ご主人は嫌な顔もせず、その手製のゴジラについて聞かせてくれた。知り合いの有志で作ったこと、歯は歯医者さんに頼んで模型を作ってもらったこと、何度か着ぐるみの中に入って汗だくになったこと、もう形が崩れてしまって着られないが記念に飾っていて、僕と同じような通りすがりが入ってきてくれること、本家ゴジラの関係者も訪ねてきてくれたこと……。そんなことを、赤黒い口のなかや背中の切れ目を指さしながら、嬉しそうに話してくださった。

偶然を探す

ゴジラ好きの私にとって、思いがけないゴジラとの出会いも、靴屋のご主人の話もとても嬉しいものだった。高校のクラスで話しても誰も知っておらず、自分だけが知っているものがあるという気持ちの良さを初めて味わったのもその時だった。

あの靴屋はもうなくなってしまったが、以来私はまた新しい出会いをしたくて、度々京都や大阪をアテもなく歩いたり、目的地があっても脇道に入ってみたりして、他にも様々な偶然に出会ってきた。それが私の心を広くし、愛せるものを増やしてきたのだと思う。

今もあのゴジラは私の胸中にいる。

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