REPORT

小倉陽子が見たボロフェスタ2019 2日目

2019.11.15

小倉 陽子小倉 陽子

手作り感あふれる立て看板や、当日の運営を支える多数の有志スタッフ。DIYフェスティバルと言われるボロフェスタは、いわゆるプロだけに任せるのではなく参加スタッフが自分事として自分たちの手で作っている。しかし、そもそもボロフェスタは手作り感といった意味合いだけでDIYという単語を当てはめることは出来ない。

 

毎年ボロフェスタには軸となるテーマが据えられているのだが、今年掲げられたのは「SNSには気をつけよう」。端的に言えば、SNSに溢れる言葉や人の考えに惑わされることなく、今ここで起こっていることを自分の心と体で感じ「現場主義」であれというメッセージだ。しかしボロフェスタの懐の深さは、単純にボロフェスタの会場内だけを「現場」と認識しているのではないと感じさせてくれるところだ。

 

手作りの精神に留まらない「Do It Yourself」。ここで目いっぱい、自分自身の感覚で音楽の素晴らしさを感じ、音楽の感動を掴みとろう。そうしてここで掴みとったものを、自分自身で日常に還していこう。私たち観客が考えてみる、その循環までを含めての「Do It Yourself」。そんな2日目をレポートしたい。

現場を越境するfolk enoughの純度

15:00を少し過ぎた街の底STAGE。福岡を拠点に活動しているfolk enoughが粛々とサウンドチェックを重ねている。井上周一(Vo / Gt)の宅録から始まったという彼らの活動スタンスは、今も宅録のために、ライブ会場で尽きない音楽への探求を続けているようだ。ライブという現場で得た研究結果を、レコーディング現場で音源という形に閉じ込める。その循環すべてがfolk enoughの現場であり、ライブ会場だけが現場とは迂闊に言えないように思う。

 

登場を演出する音楽もましてや挨拶もなく、サウンドチェックからの自然な流れで演奏されたのは“Bach”。彼らのライブは、ステージとフロアの境界を感じない。あっと言う間にブルージーな空気に包まれ、ゆったりとしたテンポで重く濃厚なグルーヴが、街の底STAGEのフロア中を這いまわる。その轟音に飲み込まれ、ライブとは何なのか、グルーヴとは、踊れるとは何なのか、私の脳に体に問われるようなオルタナティヴ・ロックに直面し、しばらく体の動かし方を思い出せずにいた。あたりを見渡すとほかの観客たちも同じようだ。とは言えツイストのリズムが軽快な“mamashit”が始まると、ご機嫌なイントロに体を揺らしながら、あらためて今起こっていることが何なのかを考えていた。

 

例えば誰かを元気づけるだとか、ライブで盛り上がるようにだとか、そんな目的を持たず、ただそこに音楽が存在していることに喜びを感じられる音楽。folk enoughはそういう音楽の純度を、この場所でも追求しようとしているようだった。だからこそ音楽を受け取った私たちは、どんな感情を抱いても受容されている、という気持ちになれるのではないだろうか。

Photo:Sho Takamoto

彷徨えるひとりひとりを奮い立たせるeastern youth

前回eastern youthがボロフェスタに登場したのは4年前の2016年。当時は「underground STAGE」という名前だった地下の会場は、翌年からeastern youthの“街の底”という曲の名に由来して「街の底STAGE」と名付けられた。2016年のeastern youthを観ていないと思ったら、ちょうど裏のunderground STAGEで、このフェスに初出演を果たしたナードマグネットをレポートしていたことを思い出す。

 

吉野寿(Vo / Gt)がポロンとコードを一小節も弾かない間に、待ちきれんとばかりに湧き上がるフロア。一曲目は“ソンゲントジユウ”だ。村岡ゆか(Ba)の柔らかくも力強いベースのフレーズが今から繰り広げられるライブへの導火線となり、彼らの音楽を綻びるまで聴き倒すことで日常を支えられてきただろう観客が、今ここで鳴らされる音楽に掴みかからんとする。

 

“どう転んだって俺は俺 握りしめた生存の実感は 誰かの手に委ねちゃいけねえんだ 誰かの手に渡しちゃいけねえんだ”

 

吉野の“個が個であれ”と覚悟を決めるかのような強いフレーズに、各々が奮い立つ。そんな彼がMCでは「将来テクノロジーが人間を超えていってしまうから、今こそ超下手くそなギターを」と自虐を挟む。どんな未来を迎えようとも自分たちの手で真実を掴みとっていこうとする、eastern youthの強い意志を見る。それが彼らにとっての「Do It Yourself」なのだと、鳴らされるギターの一音一音から感じずにはいられない。

 

そして最後に「俺たち、また街の底で会おうぜ」と吉野が言って“街の底”を歌う。彷徨える私たちが生きている場所。ボロフェスタの日に街の底は、目に見える形で出現するが、日常に帰っても決して消えてしまうわけではないのだ。

Photo:岡安いつ美

アンダーグラウンドが泣き笑いの愛に溢れる、ワンダフルボーイズ

ボロフェスタに何度も足を運んでいると「これを観るまで帰れない!」といった定番ともいえるアクトが生まれてくる。この2日目に関して言えば毎年そのステージが進化し、今年はとうとうホール内をぶちぬくパフォーマンスを見せたクリトリック・リスや、どすこいSTAGEの守護神ボギーも外せない存在だ。だがもう一組忘れてはならないのが、街の底STAGEのワンダフルボーイズ。私も2016年に初めて地下のトリである彼らのアクトを観て、そのピースフルで愛に溢れたライブに虜になり、毎年の楽しみになった。

 

今年メジャーデビューを果たしたワンダフルボーイズ。Sundayカミデ(Vo)以外の5人がステージに登場し、自信に満ち溢れた高圧なグルーヴのインストゥルメンタルで初っ端から観客の期待が高まる。Sundayカミデが登場し“CULTURE CITY”から“ロックジェネレーション!!!”へと畳み掛けると、軽快なギターのカッティング、煽るベースのスラップ、高鳴るサックス、どのサウンドも俺が主役だと言わんばかりに突出し、フロアを高揚へと押し上げていく。そしてロッキー3の主題歌としてもお馴染み、Survivor(サバイバー)の楽曲“Eye of the Tiger”のイントロが奏でられると、Sundayカミデがお約束のアクロバットヨガを決める。待ってましたとその周りを取り囲み、カメラを構える観客にフロアの一体感が一気に増す。盛り上がり続けたところでSundayカミデがカウントを取り、ミディアムテンポで躍らせる“We are all”へ。彼らが呈している“みんな一緒”は、個をおざなりにした同調圧力ではない。むしろ、それぞれに違いがある人間同士だからこそ、傷ついたり痛みがあったりすることも“みんな一緒”だし、人を愛することや人に役立つことができるチカラを持つことも“みんな一緒”だという角度で奮い立たせてくれるのだ。何度も繰り返される“once again”のフレーズに、いつだって何回でも挑戦していいんだと、勇気をもらう。

 

Sundayカミデ曰く、毎年ボロフェスタ会議では、“ワンダフルボーイズはホールに上がるか、アンダーグラウンドを守るか!”というのが議題に上るそうだが、「来年も街の底STAGEのトリを守ります!でもホールのステージに憧れてないわけではない!」との発言に、会場は笑いに包まれる。これこそ彼らのオルタナティブマインドなのではないだろうか。そしてアンコールでは“君が誰かの彼女になりくさっても”を観客も交えて大合唱。切なくて情けない失恋ソングでありながら、思い通りにならないことがあったとしても、本当の野心があったとしても、今与えられた場所で最大に輝くマインドを表現した曲なのだなと、何度も何度も耳にしている曲ながらあらためて感じるものがあった。 Sundayカミデはこうも言う。「来年またここで盛り上がるためには、一年間活動を頑張っておかないと戻ってこられないと思っています。」自身は天才バンド、ライトガールズで2度のメジャーデビューを経験しながら、ワンダフルボーイズにおいてはアンダーグラウンド然としたマインドを貫き続けてきた。そんなワンダフルボーイズがそのままのマインドでメジャーデビューを果たしたことは、アンダーグラウンドの環境を変える大きな挑戦とも言える。新たなフェーズを目いっぱい充実させた上で彼らがまたここに帰ってきてくれる、その日を心から待っている。

Photo:Sho Takamoto

Do It Yourselfで超えていけ!

来年、ボロフェスタに帰ってくるのを待っている、という意味では3日目の出演キャンセルが悔まれるGEZANの存在も大きい。彼らがボロフェスタ2週間前にやり遂げたSHIBUYA全感覚祭へのエネルギーは想像してもし切れない凄まじさであっただろう。そして彼らのタイムテーブルを代打で請け負ったのは、大阪と渋谷で開催された両全感覚祭を彼らと共にした同志でもあるNOT WONK。彼らがそのステージに立つことで、ボロフェスタと全感覚祭の「Do It Yourself」が共鳴し、現場が拡張していく希望が見えたようだった。それぞれの現場の、次に繋がる一年はどういうものになるだろうか。私は来年、GEZANが帰ってくるボロフェスタを、待っている。

NOT WONK(3日目夕焼けSTAGE)

Photo:岡安いつ美

今ここに集まる、ということに留まらないボロフェスタの現場とはどこなのか、目いっぱい想像してみる。それぞれの理由で今ここにはいられないが、気持ちはここにある誰かのために、レポートという形で記しておく。これが今私にできる、精一杯のDo It “Myself”だから。自分にできる形で音楽にコミットし、音楽とともに生きる。目いっぱい感動するチカラを、日常に還していく。SNSに振り回されず、自分たちの現場で、ボロフェスタが最後に掲げた「We Believe In The Power Of Us」にチカラをもらい、チカラを増幅させ、私たちのチカラで世界のあらゆる境界線を超えていく。来年、また同じ場所で顔を合わせるために。

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