REPORT

阿部仁知が見たボロフェスタ2019 3日目

2019.11.29

阿部 仁知阿部 仁知

「今この瞬間も苦しんでいる人がいることを想い、オープニング映像には台風の被災の様子を入れています」主催メンバーであるゆーきゃんが2日目のライブMCでそんなことを言っていた。CLUB METROの夜の部に行くか迷った末に、友人宅でお酒を飲んでいた僕は「今頃、台風クラブやNOT WONKで盛り上がってるんだろうなあ」なんて話題で盛り上がる。その時に冒頭のゆーきゃんの言葉を思い出しハッとさせられたのだ。内側にいると外側のことは気づきにくい(それはSNSの構造にも似ている)が、それはすべて起こっている現実。明日もボロフェスタに居合わせることができる幸福を胸に眠りにつく。

 

そして迎えた3日目。この日は惜しくも出演キャンセルとなったGEZANのTシャツを着ている人たちがいたり(こういう光景が実にグッとくる)、KID FRESINOがお目当てであろう、夜の住人といった出で立ちの人もちらほら(実際ボロフェスタに来るのは少し意外な、普段ナイトクラブで会う友人とも遭遇した)。また、ハロウィンのような仮装をした集団が何やら即席の撮影会を始めたり、客層を眺めるだけでも様々な彩りが見える。このごちゃごちゃした感じも実にボロフェスタらしいが、『FUJI ROCK FESTIVAL』などの大規模なフェスでは広すぎて可視化されない各々の生態がごちゃ混ぜになっていることも、このフェスの大きな特徴といえるのではないだろうか。それはもちろん、ライブの場でも感じられる。例えば、少しだけ観たでんぱ組.incのライブは「もはやあなたたちが主役だろう!」と言いたくなるくらい全身全霊で踊るファンの姿があったり、それも含めて楽しむ僕のような人もいたりして、単独ライブでは味わえない奇妙なごった煮が各所で現れていた。

 

もちろんこれからレポートしていくアクトもそれは同様で、単にジャンルレスなことを超えた様々なクロスオーバーが化学反応となって、ここにしかない景色が生まれていたように思う。では、そんな3日目の様子をレポートしていきたい。

昼の幻影は水の中 Sawa Angstrom

お昼を過ぎて暖かくなってきた頃、“どすこいステージ”ではサウンドチェックをする真っ白な衣装に身を包んだSawa Angstrom(サワ・オングストローム)の3人が。海外ツアーも経験し、アジア諸国のバンドとも共演多数の彼らの初出演が、この日のボロフェスタにラインナップされているのは象徴的といえるだろう。サカナクションのように、3台のラップトップを背面に刻印されたアップルのロゴが映えるエレクトロミュージック特有のスタイルに見えるが、彼らからはたまたま普段使いのPCがそうなってるだけというような気取らなさを感じる。

 

カットアップされた“アカシックレコード”、“デブリ”、“特異点”といった無機的でどこか超然的な言葉たちが、神経質とも言えるディープな電子音に彩られていく“Paradox”。外は暖かくなっている時間なのだが、ひんやりとした感覚が肌に触れる。レースカーテンの隙間からふと外を眺めると、グッズ販売や飲食店のスタッフがせわしなく動いていて、まるで水槽の中で漂いながら外を眺めているような奇妙な感覚が生まれてくる。それでいて「どすこい」の文字が冠され装飾された鳥たちが羽ばたく“どすこいステージ”。一見ミスマッチだが、前日までの疲れも合まって夢うつつなサウンドスケープにうとうとと身を委ねていた。

 

強調されたサブベースと児玉真吏奈(Vo)の耳元で囁くような淡々とした歌が特徴的な“Dawn to dawn”は、ダウナーな雰囲気をまとったままアップビートに攻める楽曲。まるでビリー・アイリッシュを思わせるそのビートに、それまで座っていた僕は立ち上がり身体を揺らす。一口にエレクトロミュージックといっても甘美であり刺激的であり実に様々な表情が見えてくる。

 

MCでは浜田淳(Sampler)が「よく名前を読み間違えられるのでみんなで口に出してみましょう、せーの」なんて言って場を弛緩させる。音像はシリアスといってもいいものなのだが、こういったメンバーのフニャっとした雰囲気もあってか、どことなく暖かさが加えられ、とても和やかな時間が流れていた。最後に演奏されたのは異国的な香りのするパーカッシヴなグロッケンの音が印象的な“Sweet Impact”。微妙に拍を外してループするヴォーカルがリズムを意識の底に沈め、僕は音が鳴り止むまで水の流れのようにその場に漂っていた。

Photo:Sho Takamoto

蓋を開けてみれば実にボロらしいAcidy Peeping Tom

今年のボロフェスタの大きな特徴として、台湾からやってきた3人組Acidy Peeping Tom(アシッディ・ピーピング・トム)の名前を挙げないわけにはいかないだろう。NOT WONK(GEZANの代打として夜の部に続いて出演)の真裏という状況でも、まったく引けを取らない激情と笑いが渦巻く壮絶パフォーマンスが“街の底ステージ”では展開されていた。

 

開始早々、上下ヒョウ柄でキメたジャッキー・チョン(Ba / Vo)のエキセントリックなパフォーマンスが問答無用でオーディエンスを引きつける。MCに代えてiPhoneで録音してきた日本語のメッセージを披露したり、友人と思われるマサシにベースを渡してシュールなダンスに興じたり、しまいにはフロアに降りて台湾土産のカラスミをばら撒いたりと、自由奔放やりたい放題。

 

しかし、彼らは決してただのコミックバンドではない。ダイナソーJr.やソニック・ユースが頭をよぎるローファイオルタナサウンドにメグ・チャオ(Dr / Vo)のキッチュな歌声とネオ・ニー(Gt / Key)のSEが織り混ざった、衝動的におもちゃ箱をぶちまけているようなバンドサウンドがクセになる。声が裏返ったりリズムキープが曖昧になったりする部分も、等身大のライブハウスのいい味が出ていて気持ちいい。なんともバンドらしいフレッシュなパフォーマンスに、僕らは笑いながらも熱気は上昇。

 

最後にはメシアと人人のきっさんこと北山敬将(Gt / Vo)がゲストで登場。そればかりかAcidy Peeping Tomの面々もGt→Ba、Ba→Dr、Dr→Gt / Voとまさかのパートチェンジ!たどたどしくはあるものの、ライブ感を超えてどんちゃん騒ぎになる“どすこいステージ”。もう笑いが止まらない。結局蓋を開けてみれば「海外からの〜」なんて気を遣う必要はまったくない、実にボロフェスタらしい愛嬌溢れる馬鹿騒ぎであった。

Photo:堤大樹

来たる未来の前日譚 アジア・インディー・ロック徹底研究

トークイベントを設けるフェスはもはやそれほど珍しくはないが、ボロフェスタのように15時過ぎというもっとも盛況する時間に動線のど真ん中“どすこいステージ”で始まるのは、なかなか他にないことではないだろうか。Acidy Peeping Tomの熱狂に続き、間違いなくドラマが約束されているLimited Express (has gone?)と被っていても、フロアに腰をかける満員の人々。韓国のヒョゴや台湾のサンセット・ローラーコースターなどが世界的に注目を集めている中、ここ京都でもアジアのインディーロックシーンへの注目度がとても高いことがうかがえる。8月のナノボロフェスタに続いてのアジア・インディー・ロック徹底研究。司会の岡村詩野(音楽評論家)に導かれ、菅原慎一(シャムキャッツ)はアジアツアーの経験を語る。

 

シャムキャッツのアジアツアーを振り返るかたちでイベントは進行。例えば台湾ではFacebookが圧倒的なシェアを占めていること、台北のバンド傷心欲絶のメンバーがLimited Express (has gone?)のTシャツを着ていたこと、韓国では兵役によって活動休止を余儀なくされたりすること、タイでは本業の片手間でもインディーレーベルを運営しやすいことetc.……。インターネットだけではわからない現地で体感した生の声に、僕はうんうん頷きながらメモを取っていた。フロアを見渡しても、熱心に耳を傾ける人ばかり。たくさんの新たな出会いがあったのではないだろうか。

 

実はこの時のメモを頼りに作ったプレイリストを聴きながらこの原稿を書いているのだが、微妙な国際情勢の中にあっても音楽の国境はどんどんなくなっている。音楽を楽しむという気持ちに人種なんて関係がないのだ。例えばMomで隣の中国人が誰よりもはしゃいでいたり、Acidy Peeping Tomやセン・モリモトのメンバーも、出番以外は会場中の至る所で楽しんでいるところが見られた。そして、シャムキャッツはもちろんNABOWA、Sawa Angstrom、KID FRESINOなど、国外でも活躍するアーティストが多数出演していた今年のボロフェスタ。会場で配られる冊子でゆーきゃんは「今年はアジア音楽シーンを届けるという目標は残念ながら果たせなかった」と書いていた。だがこのトークイベント、そして今年のボロフェスタは、来年以降ごく自然にアジアも巻き込んでごちゃ混ぜになっていく、そんな未来の前日譚だったといってもいいだろう。

Photo:堤大樹

刹那の狂乱 Have a Nice Day!

この狂乱を僕は忘れることができない。サウンドチェックで披露した“僕らの時代”。まさしく”僕らの時代”であることを噛み締めながら、Have a Nice Day!の4人によるパーティーが始まる。音源よりはるかに強調されたビートでモッシュピットどころかいきなりホールの前方半分が飛んだり跳ねたり踊り狂う姿があまりに熱狂的で、最初、僕は若干引いてしまう。しかしこのダンスフロアは、そんな人のためにも開かれていることがすぐにわかる。

 

きらびやかなシンセポップサウンドが彩るダンスロックの中、遊佐春菜(Cho / Key)のコーラスとユニゾンする浅見北斗(Vo / Sampler)のヴォーカルはどこか気だるげで、このパーティーが永遠ではないことを物語っているかのよう。そんな刹那的な感傷を携えながらも奔放に歌い踊る浅見が後光のようなライティングで照らされる姿がとても眩くて、僕はなんだか胸が痛くなる。アップビートなサウンドに乗りながら、この瞬間こそが永遠だと心の底から歓喜するオーディエンスの姿はシャンパンのようにキラキラと輝いている。僕は感情がぐちゃぐちゃになり泣き笑いのような表情で揺れていた。

 

“愛こそすべて”、“私を離さないで”。核心だけを射抜くような浅見の歌がパーティーを加速させる。歯が浮くような言葉も、苦々しい感情ごと混ぜ返して表現する彼らだからこそ響く。エモいでは表現しきれない様々な感情が混ざっては弾けてホールを満たし、閃光のように過ぎ去ったHave a Nice Day!のパフォーマンスは、間違いなく今年のボロフェスタを象徴する一幕だったといえるだろう。ひどくポエミーになってしまったが、そういうことなのだ。

Photo:Yohei Yamamoto

KID FRESINOが誘うクラブナイトに垣根はない

パーティーにはいろんなかたちがある。Have a Nice Day!は照らされるライティングが眩しいパーティーナイトを表現していたが、ニューヨーク在住でヒップホップシーンの先頭を走るKID FRESINOのパフォーマンスは、例えばCLUB METROのフロアに漂うタバコの煙とウイスキーの香りを感じるような、クラブの夜を思わせた。そもそも、順当に夜の部ではなく夕方のピークタイムに彼を配置したことも今年の覚悟の表れといえるのではないだろうか。

 

腰を落としダウナーに歌い上げる“Nothing is still”でぬるっと始まったが、早くも彼のリリックが身体に刺さってくる。そしてDJジョーが繰り出す焦燥感を煽るトラックと絡み合うようにKID FRESINOの綱渡りするようなラップのフロウが光る“Cherry pie”でふつふつと盛り上がるフロア。ストイックなトラックの余白の数だけ身体の呼吸が生まれてくる“Coincidence”も、スピード感のあるキレッキレなリリックの応酬。だが畳み掛けられるような威圧感はなく、何処となく親しみがあるのは彼の声質によるものなのだろうか。確かに入ってくる言葉と暗めの照明に揺らされ、思い思いのリズムを刻むオーディエンス。

 

「京都の友達呼んでいいですか?」と現れたのは盟友Daichi Yamamoto。言葉で空間をドライヴさせていくような2人のラップと感傷的に響くトラックが紡ぐ“Let It Be”。描いているのはクラブでの日常風景だが、それは必ずしも楽しい気持ちだけではなく、つまらないだとか、馴染めないだとか、酔いつぶれて覚えてないだとか、そういった情景も合わせた等身大のリアルが刻まれていく。Let It Be。そう、誰に気を遣う必要もないし、ヘマして後で後悔したってそのままでいい。そんなクラブの懐の深さが表現されていた。

 

イントロの1音が鳴るたびに大歓声が上がるフロア。最後はそんな場所で出会った仲間たちとの絆を歌った“LOVE”。もう午前5時の大団円のような愛に溢れた雰囲気に、僕もフロアも手を振り上げたりゆらゆら揺れたり好きなように踊っていた。ここにはクラブに行ったことがない人も多かったのかもしれない。しかし夕方のKBSホールを満たしたこの幸福感でもって見事にボロフェスタを混ぜ返したKID FRESINO。Have a Nice Day!とともに昼も夜も関係ない、パーティーがここにはあったのだ。

Photo:Yohei Yamamoto

シャムキャッツが見せた普遍的な歌の力

ライブハウスの質感を持ったコンパクトなバンドセットでシンガーとしての力強さを遺憾なく発揮したカネコアヤノから、厳粛な空気の中ただただこの時間を慈しむ大トリのHomecomings Chamber Setまで。ボロフェスタ2019の最終幕では「歌の力」が交錯した。その中でもシャムキャッツは、奔放に遊ぶように、自然体のパフォーマンスを見せてくれた。先ほどのアジア・インディー・ロック徹底研究で菅原慎一(Gt / Vo / Key)は「海外でも日本のお客さんの前で演奏するのと何も変わらない反応をもらえる」といったことを語っていたが、シャムキャッツならそれも納得だろうというステージであった。

 

夏目知幸(Gt / Vo)が紡ぐのはなんて事のない日々の営み。「名曲聞いてください」と始まった初期の代表曲“GIRL AT THE BUS STOP”や、小気味のいいギターがバンドがドライヴさせる“MODELS”が描き出す三人称視点の気だるい日常のワンシーンは、まるで小説を読んでいるように登場人物の生活を追体験させる。僕にはないはずの思い出に胸が締め付けられる文学性は言葉だけではなくサウンドにも表れていて、僕やフロアだけでなく、隣の“夕焼けステージ”で出番を待つHomecomingsの面々も踊り出していた。

 

近作『Virgin Graffiti』の楽曲や最新曲“我来了”では、人称を夏目自身に移し、表現者、生活者としての彼のたささやかな決意が紡がれていく。“まあだだよ”では夏目のアコースティックギターに乗せたメンバー全員のアカペラがホールを包む。穏やかなオフマイクのハーモニーから目の覚めるようなギターリフが炸裂する展開に僕は感極まってグッと拳を握る。そして極め付けは完熟したと宣言しない“完熟宣言”。不完全だからこそ彼らはまだまだどこにでもいけるのだろう。いつになくヘラヘラしている夏目を筆頭に、シャムキャッツが見せた飾らない普段着のポップソングは、何も特別ではないし、そこらに転がっているようなありふれたものかもしれない。しかし、だからこそどこまでも広がる普遍性を持って海の向こうまで響いているのだろう。そんな「歌の力」を感じた時間はHomecomingsに託され、このドタバタの日々のフィナーレを迎えた。

Photo:Yohei Yamamoto

今回のレポートでは完全に自分の好みで観るアーティストを選び、そこから浮かび上がる文脈を描写することに注視した。しかし、改めて思うのは、ボロフェスタはその範囲を完全に超えているということだ。例えば口々にベストアクトと言われていたLimited Express (has gone?)や、NOT WONK、BiSなど、僕が観ていないだけでどのアクトにもそこにしかないハイライトが生まれていたことだろう。一言では言い表せない「ボロフェスタらしさ」は単なるジャンルレスを超えてもっと広がっていく。多分日本という枠も関係なく。令和元年を意識するから感じているわけではないが、これはピークでも集大成でもない、完熟宣言はまだしない、そんな新時代の幕開けを感じたボロフェスタ2019。これからもいろいろなことがあるだろう。でもこの場所で、ゆーきゃんから、ボギーから、セン・モリモトから、ボロフェスタからもらった気持ちがあれば僕らは垣根を越えていける。それが、今年僕が現場で感じたことだ。来年もこの場所で会おう。

 

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