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阿部仁知が見たボロフェスタ2019 1日目

2019.11.14

阿部 仁知阿部 仁知

今年ほどフェスが自然の猛威にさらされ続けた年もないだろう。『FUJI ROCK FESTIVAL』の豪雨に始まり『RISING SUN ROCK FESTIVAL』や『SUMMER SONIC』も大打撃、『朝霧JAM』やGEZAN主催の『全感覚祭』(東京)の中止etc.……。それを思うと、何気なく「今年もボロフェスタにやってきた」なんて言えることは当たり前ではないのだと感じる。そんなことを考えながら京都御所を抜けKBSホールへ向かう午後5時前。僕にとっては2回目となるボロフェスタの3日間が始まる。

 

18回目を迎える今年のラインナップはゆーきゃんやボギー、Homecomingsなど「京都の文化祭」ともいえるボロフェスタ馴染みの面々はもちろんのこと、その枠組みを拡張するような彩りにあふれていたように思う。例えば初出演の面々の中でも、シカゴからの京都凱旋となったセン・モリモトもそうだし、台湾からのAcidy Peeping Tom(アシッディ・ピーピング・トム)や、KID FRESINOのドープなフィーリングも昨年とは違う色を感じさせる。その中でも、前夜祭的立ち位置の初日に登場した4組は、新たな時代をキックオフさせるような、置きにいかない一歩先の表現を見せてくれた。まずはそこからレポートしていきたい。

 

インスタントに時代と接続するMomのフットワーク

思い返せば彼との出会いはtwitterだった。最初フォローしてきた彼をよくあるフォロー稼ぎのバンドマンかと思ったのもつかの間、卓越したセルフプロデュースと明快なトラックに乗せられてあれよあれよと注目を集め、SNSの世界では馴染みがあった彼との初対面。同じような出会いの人も多かったのではないだろうか。ホールのエントランスエリアに作られた“どすこいステージ”は期待感で満たされている。現役大学生トラックメイカーのMom(マム)の登場だ。

 

ダニエル・ジョンストンの“Life In Vain”をSEに登場した彼は、“That Girl”をドロップ。ハンドクラップから入る軽妙なトラックで早速身体が自然と動き出すフロアの面々。そして現代を生きる倦怠感をチルなビートに乗せた“タクシードライバー”。“僕の願いを聞いておくれ”と訴えかけるこの曲が描いているものは、もしかしたらSNSのタイムラインなのかもしれないと感じた。何か言ったような気になってその実何も伝えられない虚しさ。便利なツールとしてであれ、厄介な社会問題としてであれ、「SNSには気をつけよう」というボロフェスタ2019のテーマに最も自覚的なのは彼の表現なのではないか。それは例えばtofubeatsが“iPod, iPhone”に当時の時代感を託したアンセム“水星”と同様に、彼の音楽は強烈に今の時代に訴えかけているように感じられる。芯はしっかりしつつ茶目っ気のある特徴的な彼の歌声に、フロアは思い思いの感情を投影していた。

 

それにしても彼の標榜する「クラフト・ヒップホップ」はなんだかこそばゆくて自然と身体が動く。DJシャイニング田中が繰り出す、パーツひとつひとつが輝くトラックは、洗練された構築美とは違うかもしれないが、ボロフェスタの雰囲気にもよく映える程よい抜け感と雑味があってなんだかニヤッとしてしまう。アンプの上に置かれた手作りのロゴも、まるでボロフェスタのために用意したかのようにマッチしている。

 

海外のラッパーのようなトリッキーな節回しでリリックを刻みつけたかと思えば、ギター1本で弾き語る“卒業”の童謡のような温かみのあるメロディ。初めて聴く新曲“ハッピーニュースペイパー”もトラックの1音目から「お、いいじゃん!」と思わず口にしてしまうほどスッと身体に馴染む。「お、歌えそうだな!」とシンガロングを巻き起こした“Boys and Girls”、“Boyfriend”で大団円。和気藹々とした朗らかな空気と寂しさや空虚感が絶妙にブレンドされた彼のパフォーマンスは、まさに彼自身の「これがいいんだ!」という肌感覚がそのまま時代感をまとって表象されたような、鮮烈に「今」を感じるもので、入場規制となったことも納得の充実のライブであった。

Photo:ヤマモトタイスケ

音楽家としての真価、YAKUSHIMA TREASURE

朗らかな気持ちのまま足早にホールに入ると、“夕焼けステージ”のYAKUSHIMA TRESURE(水曜日のカンパネラ×オオルタイチ)の作り出す幽玄なサウンドスケープに一瞬にして引き込まれる。この有無を言わさず引き込んでくる緊張感、かなり抑えめなコムアイの見た目。7月の『FUJI ROCK FESTIVAL』で観た時は、包み込む苗場の雄大な自然をバックグラウンドに、屋久の胎動を憑依させ、踊り子のような華麗な衣装を身にまとったコムアイが全身で表現する素晴らしいパフォーマンスだったが、自然と戯れるように外へ広がっていたその時とは対称的に、心の深淵へと深く潜り込んでいくような内省的な音世界が広がっていた。

 

さながら霊媒師かシャーマンのようなコムアイと淡々とマニュピレートしていくオオルタイチが各々の領分と向き合い繰り広げられる、木々のざわめきや水のしたたり、風のざわめき、そして現地の言葉。地鳴りのような響きが、そのままエレクトロニックなビートに移り変わっていく。屋久の自然がサンプリングされたこれらの音がホールの反響をともなって拡張され、さながらどこかの洞窟の中にいるような音風景が繰り広げられていた。

 

うっとりと聴き入る人、まどろみながら揺れる人、手を放り出し表現を取り込もうとする人、千差万別な反応を見せるオーディエンスの姿が実に美しい。そんな姿を慈しむように1音1音大切に奏でていくオオルタイチとコムアイの姿に、僕らへの信頼のようなものを感じ、オープニング映像に映し出されていた「We Believe In The Power Of Us」という今年のボロフェスタのステートメントを僕は思い出していた。

 

「わかる」というフェイズをすっ飛ばし心の深淵に直に訴えかけてくる彼らのパフォーマンス。オオルタイチの洗練されたマニュピレーションに引き上げられ、コムアイの音楽家としての真価が存分に発揮されたコラボレートは、水曜日のカンパネラのイメージを刷新して余りあるもので、美しくもあり物悲しくもある、素晴らしい音楽体験であった。

Photo:Yohei Yamamoto

君島大空が彩る夢うつつの歌風景

ホールから出てエントランスエリアのどすこいステージに出ると、まばゆい光のような君島大空の歌が飛び込んできた。コラボレートもしている崎山蒼志や、長谷川白紙と並んで、新世代のシンガーソングライター筆頭に数えられる彼の表現は、音源の奇想天外でファンタジックな音像をすべてアコースティックギターと簡素なエフェクトに託して凝縮したような、ソリッドで生々しいものだった。

 

繊細に爪弾くアコギに消え入りそうなウィスパーボイスが絡み合い、綱渡りをしているようなスリリングなドライヴ感が生まれる。弾き語りでありながらまるでバンドで演奏しているようなギターサウンドのダイナミズムを、彼1人でコントロールしている姿は、なんだか神々しくも見える。ただそれでもなお特筆すべきは、歌の力だろう。“遠視のコントラルト”では実にゆったりとたゆたうようなメロディの中でも、コードの移り変わりやメロディの抑揚一つで涙してしまいそうなほど、甘美な歌風景がそこにはあった。

 

時に吐き捨てるように荒々しく、時にこの場の空気と触れ合うように繊細に奏でられる彼のアコギと歌声は、決して大きな音量ではないのだが、その場にいる全員を掴んで離さない力強さがある。僕は目を閉じてまぶたの裏に映る光と戯れるように彼の表現に身を委ねていた。曲の緊張感から解き放たれて一瞬間を置いてから大喝采の拍手に包まれるフロアの様子が、彼の歌の存在感を示していた。

 

たった1人でこれほどの世界観を作り上げてしまう彼だ。11/17(日)にCLUB METROで行われる、合奏形態と題したバンドセットでの初公演も楽しみで仕方がない。新時代の一歩先に向かう表現は確かにここにあった。

Photo:ヤマモトタイスケ

スリーピースの無敵感をこれでもかと発揮する羊文学

君島大空のパフォーマンスに心地よい満足感を得て向かうは、地下にある“街の底ステージ”。2日目に出演するeastern youthの曲名からとった名前なだけあって、荒々しいバンドサウンドが特徴のアーティストが多く配置されたステージだ。踊る!ディスコ室町が充実のパフォーマンスをしたであろうことが手に取るようにわかる熱気を残したまま、ステージに現れたのは、羊文学の3人。

 

フクダヒロア(Dr)の力強いキックと塩塚モエカ(Gt / Vo)のギターストロークで駆動する王道のバンドサウンドに、骨太のルートを基調としながらも時折歌い出すゆりか(Ba)のベースが絡み合う。ニルヴァーナ生まれsyrup16g育ちの僕にとっても実にグッとくる轟音オルタナサウンドに、焦燥感や倦怠感が詰まっている。バンドの最小単位であるスリーピースの過不足のないこの無敵な感じ。バンドっていいな、そんなことを思わずにはいられない。

 

その中でもど真ん中に据えられているのが、塩塚の意思がこもった歌声。等身大の言葉を歌に託す彼女の姿から目が離せない。オーディエンスひとりひとりの心に訴えかけるようにこちらを見つめる彼女の瞳。思わず目をそらしてしまいそうになるほどの切実な思いをまざまざと感じる。パンパンのフロアの中でも、シンガロングなんて決して起こらないでと願ってしまいたくなるほどの、僕一人対彼女達の純粋な対峙のように感じられる時間。怒りや悲しみごと飲み込んでサウンドに託す彼女達の表現は、鬼気迫るとでも言いたくなるほど。だからこそ、ここぞといった時に見せる笑顔や楽しそうに合奏する姿が光るのだろう。

 

例えばステラ・ドネリーやチャーチズのローレン・メイベリーもダブって見えるような、 思いを歌に託してキュートにポップに力強く表現するその姿。でもただキュートなだけじゃない、ただ力強いだけじゃない。これこそが現代のポップ・ミュージックの姿であり、同時代性を強く感じさせた彼女達のパフォーマンス。おそらくここにいた人の数だけ彼女達との物語がある。そんな気持ちを大切に胸にしまい、僕は地上への階段を登った。

Photo:She Takamoto

例えばMomがGarageBand(Mac付属の音楽ソフト)で作曲をしているように、今の時代音楽をすることへのハードルはグッと下がっている。しかし、だからこそ各々の「こういう表現がしたいんだ!」という思いがキラ星のごとく輝いているように感じた初日のボロフェスタ。そしてその気持ちは僕たちオーディエンスにも伝播し、思い思いに音楽を楽しむ実におおらかな時間が流れていた。音楽やフェスの楽しみ方にすら何か同調圧力じみたものを感じてしまうことがある昨今、ボロフェスタはそんなものとは無縁だと感じることができた。2日目以降はアイドルやクラブシーンのスターなどさらにバラエティに富んだ面々がラインナップされている。果たしてどんな化学反応が生まれるだろうか。興奮冷めやらぬまま僕は帰路へついた。

 

阿部仁知が見たボロフェスタ2019 2日目に続く

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