リピー塔がたつ
中村佳穂

2019.10.23

アンテナ編集部アンテナ編集部

2016年、『AINOU』のヒットで中村佳穂が全国区になる前。彼女は大学を卒業し、1stアルバム『リピー塔がたつ』をリリースした。ミュージシャンとして生きていくことを選んだ、決意の年。その生き方に至るまでの道のりが、アルバムに詰め込まれている。ボイス・パーカッションからチェロへ、ギターからラップへ。縦横無尽に現れる楽器、表現、ミュージシャンたちは、彼女が歩んできた4年間の足跡であり、その歌声が育んできた繋がりだ。

 

彼女を蝶番として集ったベテラン・若手含む9名の中には、日本語ラップのメジャー化に寄与したスチャダラパーのBOSEや、布袋寅泰らのサポートとして活躍してきたパーカッショニスト、スティーヴ・エトウの名前もある。中村佳穂は当時、無名のミュージシャンであった。レーベルにすら所属していなかった彼女は、いかにしてかような音楽家たちを一堂に会させたのか。ありきたりな表現ではあるが、こう評せざるを得ない。

 

彼女の才能は、人を惹き付ける。

 

心を射貫く魔法のような歌声こそ、中村佳穂だけが持つ才であり、本作『リピー塔が立つ』の白眉だ。力強さやリズム、あるいは弱さを、通常歌に使わない声の表現で表しているところに、その特異性がある。M2 “POiNT”の冒頭30秒、息切れを起こしたように声をかすれさせることで作り上げたパーカッシブなリズムや、M8 “my blue”の泣いているような震え声が生み出す情緒。ラフに、そして高らかに響く声。異様にもうつる多様な表現に、ぼくは自分の居場所を見つけた気がした。普通は切り捨てる表現を拾い上げていく彼女の歌は、ぼくらの多様性をそのまま受け入れてくれるだろう。暗い森で日だまりを見つけるような、あたたかな感動を与えてくれるシンガーだ。

例えば松任谷由実、宇多田ヒカルや矢野顕子らのように、1st アルバムリリース時点から有名ミュージシャンと組む女性シンガーソングライターは確かにいる。しかしこれらの出会いはあくまで業界人主導であり、名伯楽が天才同士を繋いだ形である。中村佳穂は、彼女たちと違う方法を取った。全国でライブを行い、出会った共演者をスカウトし、レーベルに属することもなくアルバム制作に臨んだのだ。究極の自力本願である。一介の女子大生の行動力ではないし、例えスカウトしたとしても、どこにも属していないミュージシャンの自主制作など、普通は断られる。しかし中村佳穂の声は、そのライブを通じて、人の心を射貫いてきたのだ。

 

だから才能に惹かれたベテランのミュージシャンたちが、自分よりも知名度の低いシンガーの元へ、集まってきたのである。ポップスやエレクトロニカ、HIPHOPから民族音楽まで、多様なルーツをもったミュージシャンたちをまとめ上げることは難しかっただろう。しかし彼女はその異種性を包み込み、1枚のアルバムへとまとめ上げた。

 

『リピー塔がたつ』の多彩さを象徴するのが、M6 “口うつしロマンス”のラスト1分半である。レイドバックするドラム、様々なノイズと叩きつける様なピアノが、彼女のスキャットに混じり合う。電子とアナログが混ざり合う混然としたグルーヴだが、決して実験音楽のような聴きにくさはない。参加者が個性を存分に出しつつ、絶妙なバランスでまとめ上げられている証である。

『リピー塔がたつ』は単なる音楽CDではない。中村佳穂という無名の大器が作り上げた集合知であり、音楽が人を動かし繋いでいくという証明であり、そして『AINOU』とその先へ続いていく旅の始まりなのだ。彼女はその旅路で、数多の表現を産み出すだろう。ぼくはそのキャラバンの目撃者として後を追いながら、本作を懐に携え続ける。彼女にとって最もラフに声を吹き込んだこのアルバムだからこそ、自分自身を認めてもらえるような気がするのだ。10年後も、ずっとずっとその先も。自分がどこにいるか分からなくなるたびに、ぼくはリピー塔へと帰ってくるだろう。どれだけ世界が変わっても、ここだけは変わらず在り続けて欲しいという、願いを込めて。

寄稿者:sigefuzi

 

 

プロフィール

音楽とカレーを生活の柄として生きる大阪在住の人。座右の銘は「請われれば一差し舞える人物になれ」。仏像が好き。

 

Twitter:https://twitter.com/sigefuzi3

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