COLUMN

脇役で見る映画『イット・フォローズ』 あの娘にはお願いだからセックスを他の誰かとしてほしくない

2019.05.21

川合 裕之川合 裕之

(C) 2014 It Will Follow. Inc,

コートを脱ぎ捨てて春まっ盛り。色恋沙汰のハードルも下がる気候でございます。そんな僕らを苦しめる夏の映画のご案内です。好きな子がいるけれど、電話もできない夜を過ごしていた僕たちの心臓を打ち抜くのは、もしかしたらこんなホラー映画かもしれません。

 

オトナと子供の境目でもがき苦しむ10代の葛藤する群像劇『アメリカン・スリープオーバー』、一見単純な物語の中に重厚な意味と雰囲気を纏った『アンダー・ザ・シルバーレイク』などのヴィッド・ロバート・ミッチェルが監督・脚本を手がけた『イット・フォローズ』(原題:it follows)をご覧にはなりましたか?

あらすじだけ読めばおふざけ映画?

まずは簡単にあらすじを紹介しましょう。『イット・フォローズ』は、正体不明の謎の存在= “それ”(it)に命を狙われるホラー映画です。 “それ” の正体は呪いか、幽霊か、はたまた怨念なのか。そうしたことは一切分かりません。ただひたすら “それ” に捕まらないように逃げる。彼らに与えられた選択肢はそれだけなのです。この呪い(?)から逃れる方法がひとつだけあります。

 

セックスです。

 

SとEとXの3文字、またはHの1文字。セックスだけ。なんとセックスをすると“それ”が憑りつく対称を、自分からセックスした相手へと移すことができるのです。「感染す」ではなく「移す」。つまり1体の幽霊を押し付け合うというのがこの映画の中での原則です。正体不明の “それ” に追われるジェイと、彼女を助ける友達5人が大奮闘。逃げて隠れて隠れて逃げて、最後は幽霊とドンパチ戦う。そんな映画です。

 

これだけ読めば軽快なポップコーンホラームービーですが、実はそうもいかないのです。

セックスが「見」える?

文字だけであらすじを読むと、ともすればコミックムービーのように思われるかもしれませんが、侮るなかれ。全く先が読めずしっかり怖い。しかしそれだけではありません。この映画のもうひとつの「怖い」ギミックは、10代のセックスが可視化されてしまうところにあります。普通であれば、セックスはベッドの上の二人だけの世界。それを目撃する人はいません。人のセックスは見えない。だって隠されるのだから。例えばラブホテルのフロントだって店員の顔が隠れるようになっているし、その極みがパネル式の無人フロント。

 

例えば「今日両親居ないんだ……。ウチ来ない?」というセリフはあっても(あるのか?本当にあるのか?)、「今日ウチで家族と食事した後にセックスしませんか?」と誘う人はなかなか居ないはずです。

「夏休み、明けたら距離が縮まっているあのふたり何かあったな」なんて勘ぐることはあっても確証はもてないわけです。僕たちネット世代だと例えばこう。

 

「SNS照らし合わせるとコイツらはどうやら一緒にいてたらしいな」とか、「飽きもせずおんなじメシの写真あげて、その夜だけは投稿に穴」と気付いてしまったり。

 

なんて具合に針に糸を通すように粘着して首をゆっくり縦に振るわけです。あ、これはヤッてんなと。え?違う?みんな好きな子のSNSチェックしてないの?

 

でもそれは下世話な憶測でしかなくて、そのように考える自分が悪いのです。しかし、この映画では確かにセックスをしたという誰にも見られない行為が、確たる姿としてスクリーンに現れるのです。そう、これは恐らく強烈に意図して作られた恐怖の世界。別の意味で怖すぎる。あの時、好きなあの子とは手も繋げなかった僕たちにとって、体の内側に鳥肌が立つような気持ちにさせるのがこの映画なのです。

憧れのあの子が誰かと寝てたとさ。そりゃそうだけど、やっぱ死にたい

その視点で見た時に可哀想なのはポールですよ。嗚呼、可哀想なポールよ。ポール、即死です。恋心の尊厳は命よりも重いのだから。

 

ポールは、“それ” に憑りつかれたジェイへ想いを寄せている男の子です。ちょっと小柄で頼りなさそうだけれど、芯の通った青年。どうにかこの恋を成就させたい。かといって彼女に強くアプローチすることもできないし、ジェイに脈が無いことも知ってる。ジェイとポールは幼馴染で、ファーストキスの相手でもあるけれど、逆にそれが凶と出る。「ファーストキスだったよね」とあっけらかんと話すほど親密になりすぎてしまっています。これは脈無いですね。わかる。わかるよ。辛いよね。

 

“それ” に憑りつかれ命を追われて精神的に不安定な状態になるジェイを案じる友人ら男女数名。ついに重大な秘密が彼らの耳に届きます。「ジェイがいま “それ” に追われている。逃れるには、他人とセックスするしかない」と。

 

最初は幽霊とか悪魔とか、そういうのが取り憑いてるかと思うじゃん。助けてあげてイイ所見せてハッピーエンドかましてやろうと企むじゃないですか。「これ新喜劇で見たことあるやつだ!」ってなるじゃないですか。まさかそんなタイミングでセックスが絡んでくるとは思ってもみないじゃないですか。心の準備が全然できてないよ。

 

そんなわけない、とポールたち。セックス?いやいや。それ以前に、そもそも現実にそんなオカルト存在しないでしょ。なんて茶化しているのも束の間、目の前で超常的な現象に直面します。 “それ” が来たのです。参った。信じるしかない。そりゃないよ。あんまりだ。それはない。大好きなあの子が、フツーにセックスしてた。まあ、そりゃそうか。落ち着け。そりゃ当たり前だ。年頃だしね。でもそりゃないぜ。あんまりだ。

落ちつけ落ちつけ、閑話休題。この種の若者の繊細な描写、明らかにロバート・ミッチェル監督の得意球です。『アメリカン・スリープオーバー』(2010)で既に散々やっていました。揺れ動くポールの慕情、これはホラー映画の副産物ではありません。むしろ監督は確実に狙ってやっていますね。これまで培ってきたミッチェル監督の演出力でポールはどんどん追い詰められてしまいます。この監督は、僕たちポールサイドの人間には厳しい。

ポール目線で応援しよう

そんなポールの恋情が、どうなるのか。ここでは伏せておきましょう。特に僕たちポール側の人間にとって、忘れられない映画になったことは間違いありません。

 

「ホラー映画なんてワーキャーする口実だ」、「音でびっくりさせるんじゃなくて、気持ちを揺さぶる映画が見たいんだ」なんて理由で敬遠してこの映画を見ていなかった人は、是非一度手にとって見てほしい。せめてポールが登場するまで。きっと最後まで彼を追ってしまうはずです。

 

2年前の2017年、アンテナと京都みなみ会館が共催で『イット・フォローズ』をオールナイトで上映しました。題して「思わず誰かと話したくなるナイト」。今度はポール応援上映なんてのはどうでしょう。同時上映は『アイアンマン』。嫁の気持ちでハンカチを噛もうではありませんか。(*)

(*)そんな陰気なイベントは予定しておりません。ご了承ください。

「うちで一緒にホラー映画見ようよ」、「えー、やだー、こわ~い」なんて具合であの娘とアイツのセックスの出汁に使われないことを願うばかり。いいや、そいつだってもしかしたらポールみたいに心に何かしらの陰りを抱えているかも。そのレンタルのビデオを見終わったあとに「こんなんでいいのか」と後悔するかもしれません。喧嘩した彼女のことを気にかけているのかもしれません。みんな心にポールを抱えているのかもしれない。

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