堤、インドへ行く – 写真と音で巡る、北インドローカル旅 – 後編

2019.02.25

堤 大樹堤 大樹

滞在二日目:新たなターバンおじさんを求め、隣町のデオリへ

滞在二日目は少し遅めの9時に集合し、街へ繰り出す。昨日と同じチャイ屋で朝一番のチャイを飲み、一日目にはあまり周らなかった場所へ足を運ぶ。それは広大なグラウンドや、小さな野菜市場、または郊外にある階段井戸であったりした。雷太さんはどこへ行っても毎年撮影している人がいて、そしてそれをきちんと覚えているようだった。撮影対象をきちんと自分の美意識で選んでいて、誰でも撮影するわけではない。だからこそより自らの印象に残るのだろうか。一緒にいると段々とその美意識が浮き彫りになるのが面白い。

 

一通りブンディのターバンスポットを周ったあとは、隣町のデオリへ行くことに。デオリにも昨年撮影した人がいるらしい。ブンディ以外の街も気になるので、もちろん付いていく。

 

デオリまではバスで一時間、ひとり60ルピーほど。バスはひっきりなしにバス停に到着しており、15分に一本程度は出ている。行き先はバスにも、どこにも書いていないが、案内人のおじさんが笑えるくらい早口で行き先を連呼しているのですぐにわかる。録音しそこねたのを後悔するくらいには笑える。

 

めちゃくちゃ効率が悪そうだが、雇用を生み出効果があるのだろうか。バスは案の定サスペンションなどほぼ役に立たず、写真は全く撮れないレベルで揺れていたことは付け加えておく。

家族連れが多い印象だ

デオリのバス停はブンディに比べ随分と賑わっていて、飲食の屋台がたくさん並んでいる。中にはブンディで見たことがない食べ物もあり、とりあえず食べてみることに。注文したのは10ルピーの鶏のピリ辛揚げ。「これ、なんか食べたことがある味だなあ」と思ったら、からあげクンレッドだった。あれに緑のパクチーのソースをかけて食べると、おそらくほぼ同じ味になるはずだ。揚げたてのからあげクンレッドがまずいわけがなく、分け合って一瞬で食べ終わった。でも実はこれ原材料は野菜らしい。インド人は基本的にベジタリアンなので肉料理はないのだ。不思議。

屋台が多く活気がある
からあげ

バス停の賑わい的には逆かと思っていたが、雷太さん曰くデオリはブンディより小さな街らしい。ブンディは旧市街地があり、歩行者用の細かい路地が多いが、デオリは一本の広い公道を挟んで両端にお店が立ち並んでいる。広い場所では地べたに野菜や、生活用具を並べて販売が行われていた。雷太さんもデオリは一度しか来たことがないらしく、昨年撮影したおじいちゃんがどの辺にいるのかわからないようだ。行きずりのターバンおじさんに声をかけつつ、街の人に写真を見せながら探す。

 

しかし、随分探してもおじいちゃんが見つからず、「もしや亡くなったのでは……」という言葉が脳裏をよぎった瞬間、なんと道の奥に昨年と同じ服装・椅子に座った状態のおじいちゃんを発見。その方に写真を見せるとそれは大層な喜びようで、柑橘系の味の飴までたくさんもらった。おじいちゃん・おばあちゃんの喜びの表現はどの世界でも飴を渡すことなのは何故だろうか。

おじいちゃんの娘の相手をしていて、おじいちゃんを撮りそこねた

その後はデオリの街をぐるりと周った。ブンディに比べ、人や車が少なく、心なしかのんびりとしている気がする。その分ゆっくりと街にいる人を撮影させてもらえた。中でも心に残っているのは、お役所の広場(お役所と行っても建物があるわけではなく、外に机と椅子があるだけ)にいた鼻輪を付けたおばあちゃんたちの集団である。人生ではじめて鼻輪がかっこいいと思った瞬間だ。どこかの宗教なのか、民族なのかはわからないが、品があって美しい。集団で固まってなにやら手続きをしながらお茶を飲んでいたが、声を掛けると心ゆくまで撮らせてくれた。

 

ブンディに戻ったあとは、昨日のリベンジとして旧市街で撮影をしたいと考えていた。ちびっこに負けずに、賑やかな街の中とはまた少し違ったインドを撮ってみたかったのだ。とりあえずホテルから旧市街へ向かう。

 

ブンディは通りごとに専門店が立ち並んでいて、旧市街やバイパスに抜けるまでの道のりに、バイクや機械を修理している工場が立ち並ぶ通りや、お菓子や衣類が並ぶ通りを通過する。さながら役割や特色を強く持った、バラエティ豊かな町を冒険している気分に感じる。スーパーにより平均化した世界より、ずっと飽きない気がしている。これはないものねだりなんだろうか。

そして夕方は旧市街の撮影のリベンジへ。結果で言えば惨敗である。一度ちびっこたちの元へ行き、じっくり撮影をしているとその騒ぎに釣られて、近所の家からどんどんと人が出てくる。ある程度の人数を対処していたが、本当にキリがない。「ここまで来てくれたら撮影するよ」と言っているのに、家にまで入ってこいという人も多く、適当なところで切り上げるしかなかった。それでも昨日よりはずいぶんと落ち着いて撮影ができたように思えるし、砂埃が夕陽を撹拌して旧市街を照らす丘の上の光景はそれだけで素晴らしかった。

 

同時に、去り際「彼らが一生で見られる景色の数がどれくらいあるのか」を考えた瞬間、“観光客”と揶揄される自分はなんとも言えない苦い気持ちになった。そしてそのままホテルへ戻り最後の夜を過ごした。

作品になる写真って結局なんなんだろう

こうして短いブンディの滞在を終え、次の日にはまた来た道を戻り30時間かけて日本へ帰国した。滞在は丸二日だが、体感ではもう少し長い時間いた気がするし、レポには書いていないが面白かったエピソードもたくさんある。それくらい濃密で、新鮮な旅だった。

 

何故、これほどまでに “なにもない”ブンディを新鮮に感じられたのだろうか?実は、昨年初めて訪れる国や地域にもいくつか訪れている。だけど正直ここまで刺激的に感じた場所はなかった。

 

北インドがアジアと中東の文化が交じる場所だからだろうか?それともヒンドゥー教とイスラム教といういずれも日本人に取って馴染みのない文化圏だからだろうか?

 

いくつか理由はあるだろうし、結論としては多少陳腐かもしれないが、一番大きな要因は“ブンディが平均化されていない地方都市であること”だったように思う。昨今のグローバリズムに対してここで大きく論ずるつもりはないが、ネットの普及や環境客の増加から取り残された場所だからこそ、地域性が強く感じられたことは間違いない。このことは、 “名物を無理やり作ろうとする”日本の地方行政の昨今の流れとは真逆であり、ここに地方文化が生き残るためのヒントになっているような気がする。

 

また今回度に出る目的となったイントロの「写真における作品性とはなにか」という話に戻るが、上記のことが、桑原雷太さんの写真を作品に変えるひとつの文脈に繋がっていると感じた。

 

着いてから教えてもらったのだが、彼が追いかけているターバンという文化は、若者からはダサいオールドスタイルという扱いで北インドでも死滅しつつあるらしい。だからこそ彼はその記録を撮り続けているし、その行為に意義が発生している。最初からその意図があったかは聞いていないが、続けることでその意義を作り出したとも言える。観光客としてではなく、文化を残すために写真を撮る。僕の写真との差は、そこにあったのだ。

今、写真はずいぶんと手軽な文化となった。多くの人がSNSにアップをする中で、文脈まで感じられる写真は実に少ないように感じる。僕自身、正直なところ旅先で写真を撮る意味はなんなのか、今すぐに答えられるものを持ち合わせていない。ただイイねを求めて撮影される女の子の写真が、自分にとってその対象でないことはわかる。これからもう少し、これまでに撮影した写真を並べてそのことに向き合いたい。

 

あなたは何故、写真を撮っているんですか?

桑原雷太

 

 

大阪市生まれ・在住

世界を旅するなかで写真に出会う。

毎年作品を撮るために世界のどこかへ旅に出ること続けている。

 

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※その他未掲載の写真も堤のInstagramで更新中

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