COLUMN

『ブレードランナー』解析講座:過去からの影響と、未来への影響を8本の映画から探る – 前編 –

2018.09.27

石川 俊樹石川 俊樹

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はじめに

2018年4月からの金曜日4・5限を使ったマンガコース石川俊樹による選択授業として、前期9回を使ったのが「ブレードランナー解析講座」である。この講座ではもともと映画をテキストとしたストーリー解析を目的としているが、今回特に『ブレードランナー』という映画を軸とした論考を行った動機は以下のような点だった。

 

  • 1本の映画には過去からの映画の影響が必ずあり、その映画(の出来によるが)から未来の映画への影響がある
  • 映画のストーリーや表現はその時代の影響下にあり、時代の変遷によって様々な変化をしていく
  • 1982年の『ブレードランナー』からその続編2017年『ブレードランナー2049』までには35年間のブランクがあり、1本の映画の続編としては類を見ない時代の変遷の中で作られた部分に大変興味があった
  • 『ブレードランナー』はその後のSF映画の表現のスタンダードとなるほど影響力の大きい作品であり、その未来像が35年後の映像作品にどのように受け継がれ、どのように変節したかを検証したかった

以上を受け、解析講座では新旧ブレードランナーを含む8本の映画を題材とし、

 

  • 前編:『ブレードランナー』前夜
  • 中編:『ブレードランナー』以降〜『ブレードランナー2049』前夜
  • 後編:『ブレードランナー2049』

 

という流れで以下の映画を選んだ。それぞれの映画でどのように影響を受け、また与えているのか語っていきたい。

前編:『ブレードランナー』前夜

 

1作品目:『スターウォーズ・エピソード4』ジョージ・ルーカス監督(1977)

2作品目:『ロング・グッドバイ』ロバート・アルトマン監督(1974)

3作品目:『エイリアン』リドリー・スコット監督(1979)

 

中編:『ブレードランナー』以降〜『ブレードランナー2049』前夜

 

4作品目:『ブレードランナー』リドリー・スコット監督(1982)

5作品目:『攻殻機動隊』押井守監督(1995)

6作品目:『ドライブ』ニコラス・ウィンディング・レフン監督(2011)

7作品目:『ボーダーライン』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(2015)

 

後編:『ブレードランナー2049』

 

8作品目:『ブレードランナー2049』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(2017)

ではこれから各回の論に入るとともに『ブレードランナー2049』に至るそれぞれの関係性について論じていきたいと思う。

1作品目:70年代から80年代におけるSF映画の変遷 『スターウォーズ・エピソード4』

1950年代までのSF映画は大雑把に言って映画というメディアの特性(特撮)を活かしたエンターテインメントが主流であり、未知なるものへの憧憬と恐れが科学技術への楽観的自信と入り混じったストーリーで、描かれる人間像はあくまでシンプルな、大衆の延長上にあるものがほとんどであった。まだSFはサイエンス・フィクションの時代であり、人々はそのジャンルに架空のフロンティアを夢見ていたとも言える。

 

しかし50年代末から主にアメリカの映画は徐々に不安定な社会状況を反映した作品が若者を中心に支持を集め、”アメリカン・ニューシネマ”と呼ばれる社会と人間の在り方をテーマとし今までの楽観的なエンターテインメント作品とは一線を画すような”重さ”を持った作品が量産されるようになる。特に1955年から75年まで続いたベトナム戦争によるアメリカ社会の疲弊は、エンターテインメントを享受する大衆の科学技術への無邪気な信頼に一抹の疑問と恐れを抱かせる事と成り、その流れは60~70年代におけるSF映画にもサイエンス・フィクションからスペキュレイティブ・フィクションとしての大きな影響と変節を強いる事となる。

 

『猿の惑星』1968年フランクリン・J・シャフナー監督(文明崩壊)、『ソイレント・グリーン』1973年リチャード・フライシャー監督(人口問題)、『サイレント・ランニング』1972年ダグラス・トランブル監督(環境問題)、『時計仕掛けのオレンジ』1971年スタンリー・キューブリック監督(無軌道な若者による暴力)、『華氏451』1966年フランソワ・トリフォー監督(管理社会)……等等SF映画は大人向けの、ディストピアを描く名作が生まれる一方で子供向けの低予算作品と二極化していく事になるのだ。

ジョージ・ルーカスも初作『THX1138』(1971)においては人々が記号で管理され、ファッションや髪型(全員丸坊主である)といった個性を徹底的に否定されたディストピアを描いたSF映画からそのキャリアをスタートしている。しかし第2作『アメリカン・グラフィティ』(1973)ではアメリカがまだ楽観的だった60年初頭の青春ドラマを郷愁も交えて描き、早くも70年代の厭世的ムードから脱却を図る作風を見せる。1977年のルーカスによる『スターウォーズ』は公開当初は子供向けの低予算SFの認識であったが、次第にその一味違う作風が人気を呼び、あっという間にエンターテインメントにおけるSF映画の流れを変えるエポックメイキングなヒット作となる。その”一味違う”部分とは以下の通り。

 

ストーリーは単純明快な典型的スペースオペラだが、原案はルーカス自身が幼少から妄想していたSFサーガであり、当時ロジャー・コーマンに代表される子供騙しの金儲けSF(傑作も多々あるが)とはその本気度が違った。

 

  • リアリティのある宇宙船のデザイン(使い古されたウェザリング!)や魅力あるガジェットデザイン
  • 帝国軍と反乱軍という微妙に社会性を帯びた設定が大人の鑑賞に耐えるプロット
  • 一から始まる物語ではなく、『エピソードⅣ』から始まるスケールの大きさとその”厨二感”

 

端的に言うとルーカスの『スターウォーズ』のコンセプトは”大人も楽しめる子供向けSF映画”だったと言えるだろう。そのヒットの要因には上記のような作品自体の持つクオリティに依る部分も大きいが、暗くて難しいディストピアSFに飽きてそろそろ難しい事抜きに楽しめるエンターテインメントを求める大衆の潜在的要望の影響も少なくはない。事実『スターウォーズ』のヒットはその後のSF映画の流れを方向転換させ、数多くの亜流を生み出すと同時に低予算子供向けSFというジャンルを徐々に駆逐し、SF映画は堂々と大人が楽しむエンターテインメントの主流となっていく。

さて、『ブレードランナー』との関係はと言えば、まずは重要なサブキャラクターハンソロ役のハリソン・フォードが『スターウォーズ』を契機にスターダムへ登り、5年後に『ブレードランナー』の主役に収まるところが表面的なわかりやすさだが、実は『スターウォーズ』における背景や宇宙船、ガジェットの使い込まれたリアリティという考え方は、その後スペースオペラからガジェット自身のリアリティにふさわしいシリアスなSF映画のリアリティの底上げへ繋がっていく。一方で暗いディストピア映画を駆逐した『スターウォーズ』的スペースオペラ路線が主流となった反動は再びシリアスなSF映画のブームを呼び込む事となるのだが、その中身は60~70年代のそれとはまた大きな違いを見せていく。

 

『スターウォーズ』の成功とは何か。それは一言で言えばSF映画における”コンセプトデザイン”の重要性をハッキリ成果を持って示した作品だった、と思う。

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