INTERVIEW

只本屋・アンテナ対談。”3つの場所”をテーマに、フリーペーパーの価値を考える

2018.01.14

安尾 日向安尾 日向

いよいよ今月21日(日)にイベント『TAKE OUT!!〜モテるフリーペーパーのつくり方〜』が開催されます。このイベントは我々アンテナとフリーペーパーの本屋さん只本屋が初めてタッグを組み、開催する企画です。

 

「あれ、でもそういえばお互いのことをあまり知らない」ということで、只本屋代表・山田さんとアンテナ代表・堤の対談を実施。

 

店舗・京都・メディアという3つの”場所”をテーマに、お互いのことを語ってもらいました。只本屋とアンテナの共通点、それぞれの考えを紐解きます。

 

インタビュアー:安尾日向

写真:斉藤菜々子(只本屋)

只本屋は、細く長く続けられる場所にしたかった

堤:

只本屋さんはお店っていう場所があるじゃないですか。実はアンテナでも実際に人が集まれる場所はずっと欲しいと思っているんですよね。只本屋はどうやってお店持つことになったんですか?

山田:

そもそも只本屋の立ち上げには場所の存在が紐づいているんですよ。メンバーの中で僕が一番年上で、大人だったから僕が代表やってるんですけど、もともとこのプロジェクトをやりたいと言い出したのは、斉藤(只本屋立ち上げメンバー・TAKE OUT!!スタッフ)を含めた、3つの学生フリーペーパー団体の3人だったんですよね。当時、東京には学生フリーペーパーの祭典があって、僕が所属していた会社がその祭典を運営していたんです。東京ではフリーペーパーを盛り上げる文化があるのに関西にはなくって、「関西にも魅力的なフリーペーパーはいっぱいあるんだから、こっちでもできるんじゃないの?」とその3人が思いついて、その後京都に移住してきた僕に企画書を持ってきたのが始まりです。

堤:

学生3人の行動力が素晴らしいですね (笑)

山田:

最初は「関西でも”イベント”をやりたい」と言ってきたんですよ。でも「あ、これイベントだと一回でこいつらやめるかも」って思ったんですよね(笑)。すごく大きなイベントって自分の持っている120%の力を出したりするから、エネルギーも必要だし、満足度も高い。そうするとそこを区切りに卒業っていう気持ちになっちゃうんじゃないかなって。みんながせっかく「もっと多くの人にフリーペーパーというものを知って欲しい。関西でもフリーペーパーが文化になるといいよね」って話していたから、それなら「もうちょっと違う形でやってみたらどうかな」と思って提案したのが今の只本屋の前身になる形でした。

堤:

それはどんなものですか?

山田:

僕は東京で武蔵野美術大学っていう美術大学を出たんですが、そういう東京出身のクリエイターの中で、もっと多拠点で仕事したいっていう気持ちが高まってきていて、そのための事務所を京都に作っていたんですよ。若いクリエイターを応援したいっていう気持ちもあったし、自分たちもいろんなところに所属しながら、企業から仕事をもらったり個人と個人で仕事をするいろんな働き方の模索の場所があったんですね。せっかくその場所があるんだから、そこを使って細く長くできることをやらないかということを最初に思いつきました。大きなイベントを一発どんと打つより、小さなイベントをそこで続けていくという発想を3人に投げて、そこから生まれたのが今の只本屋です。「細く長く」という発想がそもそもあったからこそ、「月1回、2日のみの営業」という今のシステムが生まれました。

——:

それで月1回だけだったんですね!

山田:

学生だから課題とかバイトとかを絶対持ち出してくると思ったんですよね(笑)。それなら最初から毎週とかではなく月末土日のたった2日間だけにしてしまおうと。

堤:

今はそれがスペシャリティみたいになっていますよね。

山田:

そうですね。でも、それはやってみたら結果としてそうなっただけ(笑)。最初は学生に合わせた活動としか思っていなかったけど、それが一般のお客さんに「月2日しかやっていない幻の店」みたいに受け取ってもらえたっていうのは大きかったですね。

堤:

事業にしようという気持ちはないんですか?

山田:

今はまだないですね。やっぱり事業というよりはプロジェクトだという気持ちが強くて。今うちには卒業制度はないんですけど、立ち上げメンバーがどんどん社会人になってきていて、彼らがまたキャリアを変えるタイミングがくると思うんですよね。その時にプロジェクトとして帰ってくる場所を残しておきたいなと。それはリアルな場所じゃなくて活動という場所かもしれないけど。だから今、変に事業にして潰れてしまうよりは、ゆるゆると続けながら場所を残していきたいなという気持ちがあります。始めて3年くらいになりましたがそのスタンスは最初の頃から変わっていないですね。まあ月に2日なんで、3年間で実質60日くらいしか営業していないんですけど(笑)。

一同:

(笑)

京都には小さいお店でも残っていける土壌と、新しいものが生まれる環境がちょうど良い塩梅で存在している

堤:

話が戻るんですが、山田さんはそもそも何故「京都」に移って来たんですか?もともとは東京でお仕事なさっていたんですよね。

山田:

そうです。僕は大学では芸術学やアートマネジメントを学んでいて、同級生にも編集者やキュレーターなどクリエイターと世の中をつなぐ仕事をする人が多いところにいました。それでその後輩が作った会社に僕も入って、今も所属しているんですが、そこが先ほど話に出たように、全国のクリエイターを集めたフリーペーパーを発行したり学生団体の祭典を運営したりしていたんですね。そこに所属しながら武蔵美で非常勤で教えたりしていたんですが、2011年に震災があって。東京にはそこまでの被害はなかったですけど、いろいろ考えることが多くなったんです。そういう非常時に、クリエイティブと呼ばれる職種って超弱いなって。やっぱり要らないんですよね。

堤:

みんな言ってましたね、あの時は。

山田:

要らないっていうか、できることが少なすぎるっていうか。クリエイティブの作るものの消費ってものすごく速くて、月ごとに新しいものが出てくるし、そういうスピード感や新しい技術や表現っていうのが「生活」とずれていく感覚があったんですよね。「生活」と「制作」について考えると、やっぱり「生活」っていうものも大事だと思って。と言ってもまだ若いし教授になれるわけでもないんだから、東京を出てみてもいいかなと思ったんです。東京生まれ東京育ちで実家も東京にあるから、東京にはいつでも戻ってこられる。震災以降、コワーキングスペースとかフリーランスでの働き方とか、Wi-Fiとパソコンさえあればどこでも働けるような新しい働き方も広がってきたし、一回東京を出てみようかなと思って京都へ出てきました。

堤:

それでなぜ京都を選んだんですか?

山田:

勘なんです(笑)。なんとなく京都か香川だなと思って。多分、東京の人たちに対するブランディングがうまくできてたからなんでしょうね。実際に住みやすいかどうかはわからないけど、京都ならクリエイティブな仕事ができそうっていう印象はありましたね。それで2013年に京都に移って来ました。

堤:

実際京都に来てみてイメージとのギャップはありましたか?

山田:

寺社仏閣とか、有名なお店とかは知っていたけど、いわゆる”左京区カルチャー”みたいに土地に根付いたカルチャーはすぐには見えてこなかったですね。点でしか捉えられていなかったというか。東京の人は”左京区カルチャー”みたいな言葉は知らないんですよ。お店は点々としているけど全部で左京区、みたいな感覚はわからない。住んでみてやっとわかったことでした。そもそも”東山”とか”嵐山”とかエリアに名前がついているのも不思議だな、と思うし、逆に今僕が関わっている崇仁とか、MTRLがある五条とかはまだ名前がついていないとか。名前の有る無しも面白いな、と思いますね。

——:

東京もエリアの名前がついているイメージがあるのですが。

山田:

東京は駅中心なんですよ。

堤:

京都が不思議なのは、案外各エリアに中心地がないことなんですよね。”左京区”って言われたときにぱっと思い浮かぶ中心地が意外とない。きのこみたいに下で全部つながっている感じ。

山田:

それが面白いんですよね。そういえば堤さんはどこ出身なんですか?

堤:

僕は広島ですね。でも転勤族で名古屋とか愛媛とか転々としていて、今実家は愛媛にあるんですけど、愛媛は高校の3年間しかいなかったので全然愛着なくて。だから今も実家と呼ばれる場所があるくらいにしか思えないのが現状です。そういう意味では自分にとってホームだと思える場所がなくてずっと寂しかったんですよね。大学から京都に来てそのまま京都で働いて、結果として京都が一番長くなりました。でも僕は山田さんとは逆で、最近やっと京都をホームだと思えるようになったからこそ、京都を離れてもいいと思えるようになりましたね。それまでは「離れたくない」ってずっと思っていましたから。だからこそ、アンテナにも場所が欲しいと思っています。出ても帰ってこれる実際の場所として。

山田:

堤さんが思う京都の面白いところってなんですか?

堤:

すごくDOPEなお店が生きていけるところですかね。小さいお店が残っていける土壌がまだ残っている。僕はここ数年北区に住んでいるんですが、昔住んでいたところの同じ通りに有名なアーティストも来るような長いことやってるおでん屋さんがあるんですよ。何度も目の前を通っていたのに長い間全然知らなくて、まだまだそういう発見があるんですよね。その一方で個人の新しいお店もできやすいところもあって、そのバランスがいいなと思っています。そしてその両方を自分の中でうまく消化できるスピード感もですかね。

山田:

ああ、たしかにちょうどいいスピード感はあるかもしれない。たぶん東京で只本屋やってもうまくいかない(笑)。

堤:

それはどうしてですか?

山田:

月1でも待ってくれないような速さもあるし、そんなに興味を持ってもらえないような気がするんですよね。東京だとポッとできてもすぐに風化していってしまうことが多いし。

堤:

サバイブしなくちゃいけないというか。

山田:

そう。ゆるゆると生きてる奴に厳しいんですよね(笑)。京都の土壌があるからこそやっていけてるし、こうやって媒体が取り上げてくれたりするんだろうな、という感覚はあります。

場所を作るというのもひとつのメディアの形だと思う

山田:

堤さんがアンテナという媒体を始めたのはなぜなんですか?

堤:

僕はバンドをやっていて、一番最初は「もっと多くの人にライブハウスに来て欲しい」って思ったのがきっかけですね。それで映画好きの知り合いとかにそういう話をすると、彼らも同じことを言っていたんですよ。京都って実は音楽好きや映画好きが同じところをぐるぐる回っているだけだと。それじゃもったいないなと思って。

あと僕はアンディ・ウォーホルが好きなんですけど、あの界隈ってヴェルヴェット・アンダーグラウンドとか多ジャンルのクリエイターとの繋がりの中でいい影響を与えあっていてすごくいいなと憧れていて。ジャケットから音楽に入ったり、音楽からアートに興味を持ったり、そういう関係性をもっとミニマムなところからできるんじゃないかと思って、音楽だけじゃなくいろんな分野を扱おうと思ったのがスタートです。

山田:

最初は紙からスタートだったんですよね。

堤:

僕としては手段はなんでもいいと思っていて。最初は紙がいいと思ってフリーペーパーを作ったけど、どうしても速度が足りないとなってウェブを作ったし、今回みたいなイベントもやるし。結局一番伝わるのは五感を刺激した時なので、クリエイターという発信者と受け手をつないで、現場に足を運んでもらうとか、CDを買ってくれるとか、そこを目指していますね。

山田:

リアルへと繋げる入り口という感覚があるんですか?

堤:

完全にそうですね。僕らの目的は情報を発信することじゃなくて、それを見た人に実際にライブハウスに行ってもらうところなので。そういうアクションに繋げないと発信する意味がないと思っています。最終的にクリエイターにお返しがしたいので、「ウェブから現場へ」というのは大事にしたい。

山田:

ちょっと脱線するんですけど、僕も昔バンドをやっていたんです。それで、ライブハウスに出入りしてて思うんですが、ライブのフライヤーってもっとデザインが入る余地があると思いませんか?

堤:

わかります!僕、今クリエイターと呼ばれる人たちの地位が低いのってそれぞれが個々で戦っているからだと思うんですよね。現在で言うとASIAN KUNG-FU GENERATIONと中村佑介はうまくいっている例ですよね。周りにもジャケットからアジカン聴き始めたとか、アジカンから中村佑介のファンになったという人が多くて。そういう形でクリエイター同士がつながって多角的にやった方が多くの人に届くんじゃないかと思っています。だからフリーペーパーの第1号の特集を「MVの作り方」にして映像と音楽をクロスさせたり、第2号の特集ではバントTシャツを取り扱って、音楽とデザインを繋げたりしてました。

——:

クリエイターと受け手、クリエイターとクリエイター。それぞれを繋げる橋渡しの役割を大切にしているんですね。

堤:

こういう発想って根っからのクリエイター的なものじゃないんですよね。クリエイターはこんなこと気にしないんですよ(笑)。だから本当は自分が一番向いているのはクリエイターじゃなくてやっぱりハブの部分なだと思ってます。

山田:

あー、それで言うと僕も指向性はそっちかもしれない。だからこそ今こういう仕事をしているんでしょうね。

堤:

でも楽しいですよね。言ってしまえば小さい子が想像できるようなわかりやすい名前の付いた仕事ではないですけど、今自分がやっていることを考えたときにクリエイティブなことをできているな、と小さいながら感じられています。

山田:

僕も高校まではバンドやっていたしその後も演劇とかやっていたから、ライブっていうものがすごく好きなんですけど、その時もやっぱりお客さんを楽しませるのが一番楽しい。だから今も場づくりをやっていて、その感覚はバンドでも演劇でも只本屋でも一緒なんですよね。結局リアルな場っていうのが一番好きなんだと思います。”場づくりっていう表現”をしている感覚はありますね。

カッコいいフリーペーパーの裏にある、今の日本の切実な”声”

——:

山田さんは現在京都市立芸大の博士課程で「フリーペーパーの社会学」をテーマに研究されていると聞きました。どういうことを研究されているんですか?

山田:

フリーペーパーをたくさん集める中で気づくことがいくつもあったんですよね。最初はやっぱりデザイン的にカッコいいものを集めるんです。綺麗な写真が載っているものとか。でも僕らは人と会うのが好きなので、作った人に話を聞くといろんな現状が見えてくるんですよ。これは統計で出ているらしいんだけど、フリーペーパーが盛り上がるのは世の中が悪いときなんです。

——:

ええっ、そうなんですか!

山田:

例えば、地方や地域がいいフリーペーパーを発行する理由って、そこに人を呼びたいからで、人を呼びたいのはなぜかって人がいないからなんですよね。そこから高齢化や少子化といった問題が見えてくる。そういう問題の先に超カッコいいフリーペーパーがあったりする。で、そういうものが出てくるのは、都市部でデザインを学んだ若者がIターンとかUターンで地元に戻ると、地元の青年会とかが出している発行物があって、それが彼らの手によって磨き上げられたりするからなんですよ。そういう日本全体の社会背景が見えてくるんですよね。

 

一番有名なフリーペーパーでもある「鶴と亀」だったら、若者が地元のおじいちゃんおばあちゃんの魅力を発信するためにやっていてそれがウケたけど、実際は高齢化を色濃く表したものだし。フリーペーパーというものの裏にはそういう世界が詰まっているんですよね。社会が悪くなって人々の間に不平不満がたまると、その爆発先ってもちろん大きなメディアではなくて、個人で小さく発行する形になる。だから今フリーペーパーが人気になってきているのを感じるけれども、それって今の社会は大丈夫なのかな、と心配になることでもあるなとは感じています。

堤:

フリーペーパーって一番目的が具現化したものだと思っていて。ウェブメディアだと、目的なくライターになりたいっていう人はいるんですけど、フリーペーパーだとそうは行かないですよね。伝えたいことがなければ作れないし、作られたものにはものすごい思いが詰まっている。

山田:

そうですね。どこにもやり場のなかった強烈な個人の思いが形になったものがフリーペーパーなので、やっぱりすごく面白いと思いますね。

3つの場所を巡るお話いかがだったでしょうか?媒体をスタートする理由はそれぞれでしたが、場所で表現したいことや目的に共通点もあり、今回のイベントに繋がったのかなと感じました。

 

その形態や、やり方はどこまでも自由。個人の思いを拡大し、最小単位の表現物になるフリーペーパー。これまで以上にどんなフリーペーパーがあるのか目を凝らして探してしまいそうです。SNS全盛期の今、みなさまも紙というプリミティブな方法でもチャレンジしてみてはいかがでしょうか。いつか巡り巡って私が手にする日がくるかもしれません。

 

只本屋とアンテナでは人に持って帰ってもらえる”モテる”フリーペーパーを考えるイベント、「TAKE OUT!!  〜モテるフリーペーパーのつくりかた〜」を開催予定です。既存のフリーペーパーの概念を壊すような面白いアイディアは果たして生まれるのでしょうか?

 

当日はこの記事で対談している2人にも質問することが可能です。一般参加も受付中ですので、ぜひお越しください!

INFORMATION

日時

1月21日(日)14:00〜

場所

MTRL KYOTO

予約

https://goo.gl/forms/BMKm5vc3mcw0c4n02

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