COLUMN

きのう、京と、あした 第4回 ‐春の海‐

2018.01.10

元原田 ゆいこ元原田 ゆいこ

みなさま、あけましておめでとうございます。

昨年はこちらアンテナでの連載を開始したり、転職したり、所属するバンドのあれこれで気を揉んだり、なにかとドタバタと忙しい1年であったけれど、概ね愉快に過ごすことができたと思う。

どうぞ2018年も暖かい目で見守っていただけると幸いです。

(元原田ゆいこ)

正月は鳥取にある母方の祖母の家で年を越してダラダラする、というのが昔の我が家の定例であったのだが、いつからか京都で年越しをするようになった。だからと言って、クラブなどに出向いて5! 4! 3! 2! 1! ハッピーニューイヤー! ヒューヒュー、テキーラで沈没、のような華やかな人々の年越しとは縁遠く、右京区にある実家で父と姉とぼんやりと新年を迎える、というのが習わしであった。

 

わたしが20歳くらいの年の大晦日のことだ。昼は、嵯峨のあたりで一人暮らしをしていた姉の家で、2人でDVDを見たり音楽をかけたりしながら過ごしていた。その後、1時間ほどかけて歩いて実家へ向かい、年越しをする予定であった。父からは、夜に鍋をするのでつみれ用に必ず鶏のひき肉を買って帰ってくるように、とおつかいを頼まれていた。

 

姉の家で歌って踊っていたら相当愉快になってしまい、家を出るのが予定よりかなり遅くなった。その頃にはすっかりあたりは暗くなり、雪も降っていたように記憶している。雪の中を歩いて近くのスーパーに入ると、さすが大晦日、肉コーナーはすっからかんで、豚のひき肉しか残っていない。鶏って言われてたけど豚でもいいやんね、と豚のひき肉を買い、帰路についた。

 

腹が減ったという姉は、道すがらにあるコンビニで肉まんを買って食べながら歩き、わたしもなかなかのハイテンションで喋り続けた。姉はまだ腹が減っている、と言って、帰り道にあるすべてのコンビニに寄り、肉まんを買って食べた。それを見て、わたしは食べ過ぎ、と言ってゲラゲラ笑った。

実家に着くと、父が鬼の形相で待っており、遅い、と怒られた。まさか歌って踊ったりして遅れたとも言えず、2人して、遅くなってすいません、と平謝りした。買い物はしてきたんか、と父が問う。はい、と言ってスーパーのビニールを差し出した。

父は中身を見て、つぶやいた。

豚やないか……。

豚でつみれ作ったら鍋があぶらでニキニキになってしまうやろがーー!!

父の怒号が除夜の鐘のように響き渡った。

めっちゃ怖かったし、鶏と豚の違いでこんなに怒られなあかんか、というくらい怒られた。姉が肉まんを3つも食べた、とは口が裂けても言えない状況だった。恐怖でか、鍋の味は覚えていない。あぶらでニキニキだったのかもしれない。

 

年を越して、元旦の朝にはすっかり機嫌の直った父と、姉とわたしの3人は、近所の梅宮大社に初詣に行き、阪急松尾駅から電車に乗り、寒い寒いと言いながら嵐山散策に出かけた。昨日がもう去年になり、今日が新年で、ただ1日違うだけだというのに狂ったようにみんな笑っていて、どうかしている。

これが正月マジックだ、と思う。

 

それぞれに生活がある今、そんな正月を過ごすことはない。
父はもう昔ほど怒らないし、姉ももう肉まんを3つも食べることはない。
わたしはというと、正月であるなしに関わらず、歌ったり踊ったりして相変わらずで呑気なもんであるが、みんな元気でいつまでも正月を迎えてゆきたいものだなあ、と三が日に食べ過ぎた腹を抱えて思う。

GOODS

トップへ