アンテナ景察 / 山田克基

2017.11.27

山田 克基山田 克基

考え方も感じ方もみんな違う、個性派ぞろいのアンテナ編集部の面々。
各々の好きなもの、かっこいいもの、きれいなものを、日々追求し発信しています。

 

でも、どうしてそれをかっこいいと感じるのか?どうしてそれをきれいだと感じるのか?
たとえば私にとってありふれた風景も、あなたなら、思いもつかない素敵なものを見つけるかもしれない。そのまなざしを支える感情は、ネガティブだったり、ポジティブだったり、人それぞれ。それを個性や感性と呼ぶのではないでしょうか。

 

さて、編集部の面々はどんな思いで、どんなふうに世界を見ているんでしょう?
各々が見つけてきた「街の中の気になる風景」を写真とともに語り、その感性をひもときます!

どうもお久しぶりです。山田です。京都は昼間もぐっと冷え込み、ついに到来した冬将軍との対決に早くも負けそうになっている僕。将軍様、なんとかもう少しお手柔らかにお願いできないものでしょうか。

 

そんなひ弱な僕も、歳を重ねると知らず知らずのうちに (好き嫌いにかかわらず) 出来る事や、しなければならない事が増えていっている。常に周りに気を使いながら前進前進で前だけを向いて歩を進める事が当たり前になっている。This is true “otona” storyだ。そう頭では解釈をしつつも、冬の時期は個人的に気の巡りも良い時期ではなくて、今までの事やこれからの事も考える事が多い。しかしながら、そうは言っていられない現実を叩きつけられて行き場を失う事も少なくない。

 

 

そんな時、僕はよく一人でこんな場所に来ている。

踏切。

 

僕は踏切ってすごく特殊なシステムだと思っている。強制的に前へ進むことを止められてしまう。赤信号なども個人的に好きなのだけど、この踏切の遮断器にはそれを超越する強制能力を持っているのだ。「人間は大人になると前に進まなくてはならない」という世間に蔓延した呪縛を一刀両断してしまう魔法のシステム。そこで否が応でも立ち止まる事を強いられる僕たちは、周囲の風景を確認したり、なんとなく今日あったことを思い返したりしてみるのだ。

 

余談だが、僕の実家は踏切の横にある。踏切や電車の音が子守歌のようなものだったので精神安定剤的な意味合いもあったりするのかもしれないが、大人になるとこの魔法のシステムにとても助かっているような気がする。人にもよるけれど、前進だけが正義ではないと僕は思う。いつの間にか大人になってしまった僕のような人には、たまには強制的にでも立ち止まって自分の事や周りの事を見直す時間が必要なのではないだろうか。

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