INTERVIEW

私たちがアンテナをやる理由。~ライター/編集 ケガニ編~

2017.11.01

安尾 日向安尾 日向

アンテナメンバーがなぜ「アンテナ」を始めたかを掘り下げるインタビュー第三弾。今回は、コラム「ブンガクの小窓」の書き手であり、アンテナの編集、アンテナ主催の「出張ライター講座」の講師も務めるケガニ氏にインタビューしました。ウェブメディアでのライター活動に加え、文学研究者として論文の執筆を日々行うケガニ氏。彼がアンテナや「ブンガクの小窓」に込める思い、そして「良い文章とは何か」について、じっくり伺いました。

 

同世代が頑張っている、ウェブメディアという表現手段

ーー:

まずはケガニさんがアンテナに入ったきっかけについて伺います。「ブンガクの小窓」の初回には、編集長・堤とは旧友だったとありますが、どういう繋がりだったんですか?

ケガニ:

たしか、2014年ごろにどこかのライブハウスで会ったのが最初だったと記憶しています。その前から堤くんのことは一方的に知ってはいたんですけどね。それでその後、堤くんが主催していたコピーバンドイベントに呼んでもらったりしていました。

ーー:

アンテナのことはいつから知っていたんですか?

ケガニ:

記事を読んだのが最初だと思います。エンゲルスガールのSPOT記事や、ボロフェスタの記事など、ことあるごとに目に触れるタイミングはありました。

ーー:

では、アンテナに寄稿しようと思ったのはなぜだったんでしょうか。

ケガニ:

いくつかあって。まずは同世代の堤くんが頑張ってやっているというのと、単にウェブメディアというものに興味があったのと、あとはこういうカルチャーを発信する媒体に書いたことがなかったので、自分が書いたらどういう反応が得られるのか興味がありました。それと、ちょうどフランスの大学に行くことが決まっていたタイミングだったので、向こうに行っても日本で文章を発表できる場が欲しかったのもあります。

ーー:

フランスに行くことも寄稿を決めた一つのきっかけだったんですね。

「文学をもっと身近にしたい」

ーー:

アンテナでは音楽や映画を中心としたカルチャーを発信してきていますが、ケガニさんが「文学」をテーマに記事を書くことになったのはどうしてなのでしょう?

ケガニ:

最初は何を書いてもいいって言ってたんですよ。すると堤くんが「一番やりたいことをやるべきだ」と言ってくれて。それで、僕の仕事にもつながることなんですが、「文学というもの、文学的なことをもっと身近なものにしたい」という思いが僕の中にはあるので、文学をテーマにすることにしました。

ーー:

改めて「ブンガクの小窓」に込めた思いを教えてください。

ケガニ:

最近の人はツイッターなどのSNSを通して、文章を読む機会自体は増えているんです。でもそれはどっちかというと軽い文章で、短くてキャッチーなものが多い。重たくて長い文章は読まれなくなってきているんですね。だから、タイトルの通り、そんな世界を窓の外から垣間見れるような、そういうものを書けたらなと。

ーー:

なるほど。たしかに「ブンガクの小窓」はブンガク語の解説を、語義だけでなく生活に寄り添った形で解説してくれて、小難しそうな言葉も身近に感じられるコラムになっていますよね。

ケガニ:

ありがとうございます。

ーー:

そもそも、ケガニさんがそういういわゆる「重たくて長い」文章、文学に慣れ親しむようになったきっかけはなんだったんですか?

ケガニ:

中学・高校のときの通学時間が長くて、その時間に本を読むようになりました。父の本棚にもたくさん本はあったので買わずに読めたし、父の方針で一緒に本屋に行っても漫画は買ってくれないけど小説なら買ってくれたので(笑)。それで読むようになりましたね。

ーー:

どういう作品を読んでいたんですか?

ケガニ:

海外文学が多かったですね。あとは新潮社文庫にあった名作を片っ端から読んだりしていました。

ーー:

文学作品のどういうところに惹かれたんですか?

ケガニ:

一つは文体、文章自体の面白さですね。よしもとばななの『キッチン』という作品を読んだときにそれをすごく感じたんですが、よしもとばななは「キッチンが好きだ」ですむところを「キッチンが好きだと思った」と書くんですよ。それによって独白文調になったり、そういう文体による受け取り方の違いみたいなものに気づいて、面白いと感じました。

ーー:

よくわかります。よしもとばななの文章には独特の温度がありますよね。

ケガニ:

あとは、自分が見たことのない景色を体験できるところですね。だから海外文学が好きなんでしょう。そして自分が考えたことのないような思考をリアルに感じられるところ。たとえばミステリーとかで、ある人物が殺人を起こしたとして、その動機が深く掘り下げられていると、もし自分が同じ状況にいたら自分ももしかしたら……というふうにリアルに感じることができる。そういう自分が知らない景色や感情を身に迫って体験できる作品が好きですね。

ーー:

未知への好奇心が大きいんですね。では、ケガニさんが文章を書くのはなぜなんでしょう?

ケガニ:

うーん、あまり意識したことないですね。それくらい当たり前になってしまっていて。研究者として書かなきゃいけないというのもあるし。でも論文だろうとウェブの記事だろうと、どんな文章を書くのにも共通しているのは、感動や感情を共有したいという気持ちですね。これが面白いんだよとか、そういうものを人と共有したいから文章を書くんだと思います。

哲学者ケガニ、パリでの生活

ーー:

現在ケガニさんは文学研究者としてフランス・パリに住み、フランス哲学を研究されています。ご自身のブログでもその生活が綴られていて、僕も楽しく読んでいます。パリではどのような生活をなさっているんですか?

ケガニ:

寮のようなところに妻と2人で住んでいます。トイレとキッチンは共用で、家具も備え付けです。

ーー:

映画とかで見る光景そのままですね。パリでの生活は楽しいですか?

ケガニ:

そうですね。学会やイベントなど文化が集まる場所で、そういう意味では楽しいです。でも観光的な意味での楽しさはもう薄れてしまっていますね。住人になってしまっているので。住んでいると、不便さもすごく感じます。機械とか、公共交通機関や公共の施設などの手際の悪さとか。あとは治安の悪さですね。

ーー:

パリも治安はよくないんですか?

ケガニ:

郊外に行くと暴力事件やスリはあるようですね。日本人はスリによく狙われるみたいです。あとは電車で寝る人はいないですね。

ーー:

ああ、あれって日本独特の光景なんですね。この先はずっとパリに住まれるんですか?

ケガニ:

いや、今やっている研究の目処がつき次第日本に戻ってくると思います。

一人ひとりの生活に文章を届ける

ーー:

では、ここからは文章を書くこと、いい文章とは何か、ということを伺っていきたいと思います。研究者として論文を書いたり、アンテナなどのメディアで記事を書いたり、個人ブログを書いたりと、1日数千字の文章を書く生活をなさっているそうですが、それだけの量の文章を書くのは大変ではないですか?

ケガニ:

うーん、いまでは息をするような、無くてはならないものですね。

ーー:

文章を書くことを仕事にしたいと考えてるんですか?

ケガニ:

そうですね。

ーー:

それは学術的な硬いものですか? それともエッセイやコラムのようなやさしいものですか?

ケガニ:

僕はどちらも必要だと考えています。たとえば哲学者でも、入門書のようなやさしいものを書くのを嫌がる人もいるんですよ。でもそれだと哲学がどんどん生活からかけ離れたものになってしまう。理論上だけのものになってしまうというか。本来哲学も生活の中にあるはずのものなのだから、生活との関わりはいつも意識していることです。

ーー:

だから「ブンガクの小窓」もああいうふうに生活に溶け込んだエピソードが織り交ぜられているんですね。

ケガニ:

そうなんです。辞書的な意味はどこでも調べられるので、そこからもう一歩踏み込んで、「それって本当はどういうことなんだろう?」とか「今後その言葉はどういう使われ方をしていくのだろう?」ということを、考えていきたいなと。言葉は歴史の中でどんどん変化していっているものなので、その言葉が持っているストーリーを知ることの面白さを知ってもらいたいなと思っています。

ーー:

ケガニさんはアンテナのイベント「出張ライター講座」の講師もなさっています。これまでに2回開催され、どちらもご好評いただいております。その講座でもテーマとなっているのが、「いい文章とは何か」ということです。それについてケガニさんは文章の「オリジナリティ」こそ重要だとおっしゃっていましたが、文章における「オリジナリティ」はどうやって手に入れられるものなのでしょうか。

ケガニ:

まずは定型文を使わないことですね。ライターの人は文章の締めとして、「〇〇してみてはいかがでしょうか」とか「ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか」という言葉を使いがちなんですが、それについてデイリーポータルZの編集長の林さんという方がおっしゃっていた言葉ですごく納得したものがあって。正確な言葉ではないと思いますが、本当に行って欲しいと思っていたら「絶対行って欲しいです!」とか「行かなきゃ生きてる価値ない!」って書くべきだというようなことをおっしゃっていたんですよ。

ーー:

なかなか激しいですね(笑)

ケガニ:

でもほんとにそうだな、と思って。どうしても楽に締められる言葉に流れてしまいがちなんですが、それが「伝わる」かどうかはまた別の話なんですよね。きっとその一文にはそんなに意味はないんですよ、締めとしての役割以外には。意味のない言葉を書いて何が伝わるんだ?ということですね。

ーー:

たしかにそうですね。

ケガニ:

フランスの文学者、スタンダールの言葉に、「私は100年後に読まれるだろう」というのがあって。それってその時代の読者のことをないがしろにしている点ではナメてるようにも聞こえるんですけど。でも共感するところもあって、要はその時その場の相手の顔色だけを伺って書く文章なんて大したことないということですね。でもその一方では独りよがりな文章を書いてはいけないという気持ちももちろんあって、そのせめぎ合いですね。

ーー:

伝えるためにはわかりやすさも必要ですもんね。

ケガニ:

いま世の中でバズっているものってわかりやすい言葉でできているんですね。でもわかりやすさ自体は危険も秘めてると思うんですよ。わかった気になって、そこで思考を止めてしまうから。だからわかりにくい言葉を読んで考え続けることも大切だと思います。

ーー:

でも、わからない状態でいることって結構しんどいことだし、簡単なことではないですよね。

ケガニ:

難しいですよね。だから文章としてはオチをつけてそこで区切りをつける必要はあるけど、読み終わってからも「なんとなく頭に残って考え続けている」という状態は大事だと思います。

ーー:

先ほど出てきた「100年後の読者」という言葉についてなんですが、実は先日編集長・堤と話をしているときに、「時間を経ても読む価値のあるものをアンテナでは作っていきたい」ということを言っていたんですね。そこがケガニさんと堤さんの共通点かなと思ったんですが。

ケガニ:

それはとても大事なことですね。ウェブマガジンというすぐに流れて行くものだからこそ大切だと思います。簡単なことではないかもしれないけど、堤くんはそういう厳しい価値観を持っている人で、だからこそ発信者としてやっていけてるのかなと。

ーー:

ウェブだからこそ求められる文章ってなんだと思いますか?

ケガニ:

まずは速報性ですかね。情報の伝達の速さは必要だし、ニュースがそうやって流れることで便利になった部分は大きいですし。あとは検索性。膨大な情報からすぐに自分の見つけたい情報にアクセスできることですね。それから相互性です。書いた記事がどうやって広がるか、読まれているかを発信者側が見えるし、その記事に対する読者の反応もツイッターとかですぐに見られる。それもウェブならではかなと。

ーー:

ウェブでの文章の形式で大事なことってなんでしょう。

ケガニ:

もちろん可読性は大切です。各デバイスで読みやすく作られているかですね。あと、読点や句点が乱雑だとそのメディア自体の信頼性にも影響してきますよね。だからそこは厳しくやるべきだと思います。先ほどのライターがよく使う常套句の話もそうですけど、結局はそのメディアの性格やキャラクターがどういう情報や文体を使うかっていうことを決めると思います。Yahoo!ニュースならどんな情報でも、主観の少なそうな文体で書くし、ネットのまとめニュースなら顔文字とか「www」みたいな表現を使ってもいいし。発信者としてどこを強調したいか、どう強調するかに主観性、オリジナリティが入ってくるので、そこはアンテナならアンテナとしてその目線を意識する必要はありますね。

「アンテナをもっと広げていきたい」

ーー:

最後にこれからのお話を聞かせていただきたいのですが。まずはこれからのアンテナに望むことってなんでしょうか。

ケガニ:

まずは人数ですね。ライターも編集ももっといていいと思います。もっといろんな分野で活躍している若者を取り上げるためにも。それこそ京都なんだから伝統芸能とか、その辺りをもっと取り上げていけたらいいなと思います。

ーー:

ケガニさん個人としてのこの先の展望はありますか?

ケガニ:

研究者として良い論文を書きたいなという気持ちはありますね。この先もアカデミズムと関わって、大学に残れたらなと。アンテナの中では、これまでアンテナになかった風を入れられたらなと。首脳陣が地盤を固めるなら、僕はその幹からいろんなところに枝を伸ばしていけたらなと思っています。アンテナをどんどん広げていきたいです。

——良い文章とは何か。それは我々アンテナが追い求めたいものの一つです。みなさんの生活に新しい色を添えられるような情報をお届けできるように、これからもさまざまな文章を発信していきます。

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