INTERVIEW

ムッティーの”マインド”ハシゴ酒 vol.3~夕方カフェ 中村 亮介編

2017.12.25

小倉 陽子小倉 陽子

▼ムッティーの”マインド”ハシゴ酒

ムッティーが、気になる人とお酒を飲みながら、気になる人の”マインド”とそのマインドによってもたらされたお店の話、音楽の話を好奇心でもって掘り探っていく企画『ムッティーの“マインド”ハシゴ酒』。

第3回目のゲストは、西院で『夕方カフェ』を経営しながら、cocolo-NoやFRESHMANSなどのバンド活動をされている中村亮介さん。夕方カフェに入店するなり、目に飛び込んでくるドラムセット!カフェと銘打ちながらもかなりの頻度でライブが行われるこのお店に込められた中村さんのマインドを紐解いていきます。

夕方カフェとは、どういうカテゴリーのお店なのか

ムッティー:

夕方カフェは、何のお店って言ったらいいんですかね?

中村:

基本的には居酒屋とカフェのつもりでやっているかな。飲食店でありながらすぐ近くで音楽が鳴っていて、音楽を聴くことを目的に来る人もそうじゃない人も共存出来るような空間を目指しているんだけど。

ムッティー:

普通の生活で、すぐ近くに音楽があるっていうシチュエーションってあまりないですよね。

中村:

レストランバーみたいに、お客さんの食事に関わるか関わらないか程度にBGMになる生ピアノが流れているお店のようなイメージは持っているんだけど、ここはそんなに広くなくてどうしてもお客さんにしっかり届いてしまうから、どう関わってもらうのが良いかずっと模索しているんよね。弾き語りのイベントが出来るような居酒屋とかカフェって他にもあると思うけど、ここは演奏可能な音楽のジャンルを決めてしまいたくないから、大きい音にも対応出来るように完全防音にして。だから、バンドセットのライブもDJイベントも出来る環境は整えてある。

ムッティー:

それでもあくまで主軸は”飲食店”であって”ご飯が美味しいライブハウス”ではないということですね。

中村:

どちらかというと、ご飯食べたりお酒飲んだりを目的に一見さんが入ってきて、偶然も含めて音楽に触れてもらえるというのが理想かな。だから基本的にノーチャージでやっているし、音楽ではお金を取らない。その代わりお気持ちっていう意味で投げ銭方式にしているけど。

ムッティー:

あえてライブハウスじゃなくて、こういう店にしたいって思ったのはなぜなんですか?

中村:

ちょうど俺が自分の店を持ちたいな……って構想を描いていた頃、多分俺と同世代の人たちが京都でどんどんライブハウスを立ち上げていったんよね。GATTACAとかGROWLYとか、あとネガポジとかもそうなんだけど。俺もライブハウスをやろうって考えていたのに!ってちょっと焦りもあって。それで俺らしい店にするにはどうしたらいいかな……って考えたときに、友達からニューオリンズ(※1)が良かったっていう話を延々聞かされて、思い立って行ってみたんよ。ニューオリンズに新京極みたいな商店街があるんだけど、ストリップバーとライブハウス、クラブ、ギャラリー、あとお土産物屋さんなんかが交互にあるような雑多なところで、21時以降に歩行者天国になるんよね。それでどのお店も扉を開け放した状態でライブをやっていて、ドリンクはどの店で買っても良いから、持ったまま色んなお店を回れるっていう。

ムッティー:

それすごく行きたいですね!フェスとか特別な日じゃないんですよね?

中村:

普通に毎日やっていたよ。それでドリンクを飲み干したら入ったお店の人がおかわりを勧めてきたり、ライブが終わったら投げ銭箱を持った女性がまわってくるとか。ライブ自体は基本ノーチャージで、ジャンル問わずにやりたいところでやりたい人がライブをやっているのが衝撃で。そこで俺がやりたいのはこのイメージだ!と思って。

※1 ニューオリンズ:アメリカ合衆国ルイジアナ州南部の都市でジャズ発祥の地としても名高い音楽の都。中村さんの友人が行かれたのは『ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバル』の時期だったそうです。

ムッティー:

中村さんは元々バンドをやっておられたんですよね?どういうきっかけでお店を持ちたいと思ったんでしょうか?

中村:

以前にやっていたバンドは、東京に行くつもりでかなり真剣にやっていたんだけど、27歳のときに母親が亡くなって。親父を京都にひとり残してまで上京したいのか?って考えたときに、音楽で売れることより家族の方が大切だっていう選択をしたんよね。

ムッティー:

僕も24歳のときに親父が倒れて、母親残して上京出来ないなぁってそのときめちゃくちゃ人生考えました。音楽を当たり前に出来ていたのも親のおかげだったっていうことにも気付きますよね。

中村:

そう、かといって普通に会社員として働くのは俺らしくないし、音楽と人と関わって生きていきたいというのは譲れなくて。京都で何か音楽に関わっていられる仕事はないかな、って思ったときにライブハウスみたいに音楽で繋がれる場所をつくりたいと思ったんよね。

友達がいない尖ったバンドマンから、夢を追う仮面リーマンへ

ムッティー:

夕方カフェはオープンしてまだ一年くらいですよね。それまでは何をしていたんですか?

中村:

俺がそのバンドを辞めて夕方カフェを始めるまで、7年間社会人として組織に属して普通に働いていた。働くことって一番やりたいことじゃなかったけど、自分の店を持つために働く!って決めたから7年も続けられたんだと思う。仕事をしながら出来るバンドも新しく始めて。

ムッティー:

そのバンドのスタイルってどういう感じなんですか?

中村:

cocolo-Noは俺の好きなようにやらせて!っていうバンドだから、俺の仕事の休みに合わせてライブの予定を組んでいた。福祉の仕事をしていたんだけど、夜勤明けでライブに出演して身体をボロボロにしながら、でも心のバランスはライブすることで保てていた、という生活だったね。

ムッティー:

その前のバンドでは、上京の話が出るぐらい音楽で食っていくためにバンドをやるっていう発想があったんですよね?

中村:

うん、あったけど勝手に売れると思っていたな (笑) 。だって俺らすごくカッコいいしって。だからバンドメンバー3人だけでずっと行動していたし、友達が全然いなかった。今は友達いっぱい欲しいし、本当に横の繋がりが大事やなって思えている。

ムッティー:

いつ頃からそう思えました?

中村:

2年前ぐらいかな (笑) 。

ムッティー:

本当に最近ですね(笑)。

中村:

やっぱり自分で店をやり始めたのが大きいかな。THA BLUE HERBのO.N.Oさんに出演してもらえたり、MUSIC SHARE KYOTOっていうネット配信の番組で使ってもらったり、そういう繋がりのありがたさは店を始めなかったら分からなかったかもしれない。ムッティーと仲良くなれたのもそれぐらいよな。

こちらのムッティーから受け継いだという夕方カフェのメニューはその名も”ムッティーの煮卵”
ムッティー:

そうですね。でも心底本気でやっていたバンドを辞めて、就職しながらバンドをするってすごい転機だと思うし、僕だったら店を始める前に心が折れるなって思うんですけど……。

中村:

就職するときにはもうバンドで売れるって気持ちがなかったからかな。その本気でやっていたバンドと同じくらい本気で何かに立ち向かって、生きている実感を得るにはどうしたらいいかなって考えた直したときに、「自分で店を持つ」っていうのが一番自分を追いつめることが出来て、必死になれるかな、と思って。店をやるっていうちゃんとした目標があったから、7年間の就職も苦じゃなかった。

ムッティー:

店を持つために、働いているんだという認識なんですね。

中村:

そうそう。一番やりたいことがはっきりしているから、会社に対して何にも文句がないんよね。仕事に余分な熱量はないし、自分はやりたいことのために働いているんだからってサボりもしないし、何にでもYESで答えていたな。逆になんの反抗もしないからトントン拍子で出世しそうになって (笑) 。出世の話も「僕には荷が重すぎますよ~」っていうノリで断り続けて。辞める前には役職付いてしまったから、もうそろそろ店やらなアカン!と思っていたんだけど。

ムッティー:

何が目的で就職しているかっていうのが分かっているのはすごく強いんですね……。それどうやって会社辞めたんですか?

中村:

正直に「自分の店がやりたいから」って言って辞めたよ。それまで本当に従順に働いてきたから、会社も残念がってはいたけど、快く辞めさせてくれたし、今でも同僚や先輩が店に来てくれたりするね。

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