COLUMN

きのう、京と、あした 第1回 ‐川の流れのように‐

2017.09.22

元原田 ゆいこ元原田 ゆいこ

今回から、元原田ゆいこさんに毎月寄稿していただくことになりました。

新連載のタイトルは「きのう、京と、あした」。

時間の流れとともに移りゆく、京都の景色を切り取ります。

どうぞお楽しみください。

京都の川といえば、鴨川。

川沿いには等間隔でカップルがすわる、あの鴨川。

大学生が宴会をしたり楽器の練習をしこたまやっている、あの鴨川。

金がないけど遊びたい呑みたい、そんな時にも鴨川。

京都に住んでいたら、なにかといえば鴨川である。

 

しかし長きにわたり、京都市右京区で育ったわたしにとって、川といえば桂川であった。

京都以外の人には、嵐山の渡月橋がかかる川、と言えばわかるだろうか。

わたしの住んでいたところは渡月橋よりも南東にあたる松尾橋の近所で、桂川沿いに何棟もマンションが立ち並び、住宅が密集している地域だった。

そんなわけで、幼少期にはマラソン大会だなんだと桂川沿いの道を走らされ、家族で花見に行くのも桂川沿いの公園、バーベキューをするとなれば桂川の河川敷、正月の凧揚げも桂川のグラウンド、犬の散歩ももちろん桂川、「お前はあの橋の下で拾ってきたんだよ」という、親からの捨て子ギャグすらも桂川にかかる橋の名前であった。

わたしは、少なからず、ずっとその川を、地元のことを、嫌いだった。

同級生たちはテレビに夢中で、流行り物に飛びつき「人と同じであること」を重要視する性分の人が多かった。

わたしはそこになじめず、テレビで流行っているギャグを思い切り真似して笑いをとっているクラスの「おもしろい」とされる男子や、それを見て大笑いしている女子を見て心底ゲンナリする日常を過ごした。

気の合う友達はほとんどいなかった。

とても寂しかったけれど、気が合わない人と過ごすほうがずっと辛い。

気分転換にひとりで散歩をしてみても、同級生の住む桂川沿いのマンションの前を通り、同級生の親が犬を連れているところにすれ違うため、より一層、ぼんやりと苦しくなるのであった。

はやくここから出たい、ほんとうの友達がほしい、ずっとずっと、そう思っていた。

 

しかし、わたしにも転機が訪れた。

志望校に合格して地元ではなく、鴨川沿いに建つ、美術学科のある高校に通うことになったのだ。

そこで、わたしにも友達ができた。

それは当時の自分にとってセンセーショナルな出来事で、かなり脳が愉快な状態になった。

新時代の幕開け、友達と鴨川で大笑いする放課後の到来。

桂川と比べて、鴨川には洒落たひとばかりで、桂川にいるようなくたびれたおっさんや、それに連れられた汚い犬などおらず、外国人がピクニックなどをしており、その都会的なムードにわたしはすっかりイカレたのだった。

いろんなこと全部が鴨川のおかげだ、本当にそう思っていた。

 

それから18年が経つ。

先日、友達と桂川の河川敷でバーベキューをした。

昔とあまり変わらない景色。

だけど、そばには友達。みんなにこにこしている。

なんだかここも、悪くない、決して悪くない。

そう思えるほどわたしは大人になったのであった。

寂しかったあの頃のわたしに、見せてやりたい。

あなたがあんなに嫌いだったあの場所で、わたしは今、こんなに笑えているよ、と。

 

すこしばかりエモーショナルな気持ちになって、肉を焼きビールをあおっていると、すぐそばでブリーチを繰り返して傷みまくった髪の若い男子が、同じように髪を錆びさせた男子たちに担がれて、お世辞にも綺麗とは言えない桂川にぶちこまれている。

他のグループは持ってきたスピーカーから4つ打ちのビートを大音量で流している。

悪そうな奴らがじゃんじゃん肉を焼くとともに肌を焼いている。

あちらこちらから、イェーイ!という声が聞こえる。

ああ、そういうところ、思い出したわ、と少しばかり白目になり、ぬるいビールで生焼けの肉を流し込んだ。

それでもなんだかすぐに胸がいっぱいになって、見上げた空が昔より青く見えたのであった。

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