INTERVIEW

京都のひと 第4回 -ムッティー編-

2017.03.03

小倉 陽子小倉 陽子

 

▼京都のひと

「ぶぶ漬けでもどうどす?」の逸話に象徴される、本音を言わない、ちょっといけずな京都のひとのイメージ。京都という街にはこういったよその人から請け負った「京都っぽい」と言われる人柄土地柄が沢山あるのではないでしょうか。それも含め、沢山の観光客、大学生、そして伝統的なものごとに尊敬と憧れを持つ人々を惹きつけ、受け入れ、育ててきた京都という土地の独特な「懐の深さ」には、それが故の一線引いた冷静な一面を持ち合わせ、よその人が倦厭したり羨望したりする、ある種の「京都っぽい」雰囲気を生み出しているように思います。

今回の”京都のひと”は、京都生まれ京都育ちのムッティーさん。彼の、他人のことをまるのまま受け止めはするが、自らも本気で返すような人柄は、ある意味そんな「京都っぽい」に抗っているのかも……と感じました。ところでムッティーさんって、何する人?

 

 

 

 

――以前アンテナではスタジオIZをスポットとして取り上げていて、そのときにもムッティーさんにはお話しを伺っているのですが、今日はムッティーさんが何者なのかを、もっと知っていきたいです。

 

 

ムッティーって何者なん?って感じですよね(笑)今まではバンドしていて、レンタルビデオ店でバイトしていて、ボイストレーナーをしながらギタリストとして演奏していて、頼まれたら結婚式の司会もしたり……。

 

 

――なんともマルチですね。ムッティーさん的にはどれが本業だと思われます?

 

 

いろいろやっていますが、自分の中では全部繋がってますよ。職業とか肩書きで定義付けせんでええやんって思うんです。みんな何でもやったらいいと思います。どれが、というのはなくて、どれも本気でやってるし。どれもムッティーだとは思います。

 

 

――ムッティーさんは京都のご出身なんですか?

 

 

そうです。京都の伏見なんですけど、京都の北の方の人たちからあんまり京都認定されてない街なんですよね。めちゃくちゃヤンキーの街やったりするし。でも紛れもなく京都なんですけど。

 

 

――なぜ西院という場所でスタジオを始めることになったんですか?

 

 

nurmuttっていうバンドをやってたんですけど、そのバンドの創作をしたり録音をしたり出来るからスタジオ始めた、っていうのがそもそもの理由ですかね。一緒にバンドやっていたヌーマが西院に住んでたんで、一緒にいる時間増えるかな、と思ったのも理由としては大きいかな。伏見はひとつの価値観でしか物事を図れない人が多くて居辛かったし、もう離れてもええかっていうのもあったんですよね。

 

 

 

――地元の人が多い街の価値観って、ありますもんね。

 

 

でもその伏見でも「お前が見下してるそいつ、実はこんな面もあってむっちゃ凄いねんで!」みたいな価値観を教えてくれたのがスタジオという場所だったので、スタジオをやること自体に思い入れはありましたし、僕もそういう場所つくりたいっていうのはあって。

 

 

――その伏見にいた頃のムッティーさんのこと、もう少し聞かせて下さい。

 

 

高校生のとき、学校生活にあんまり馴染めなくて。人に話は合わせられるんですけど、もっと濃い話したいのになぁ……と思いながら、距離取って接してる感じでした。オリジナルのバンドがしたかったんですけど、高校の軽音部の奴らとは音楽の話も合わなくて。そんな時に家と学校の間にSTUDIO WiTっていう場所を見つけるんですよ。そこには、自分の見方ひとつでなんぼでも自分を変えられるし、いろんなことが面白いと思えるんやで、っていう価値観があって。学校みたいに仕方なく行ってると思ってしまってた場所と違って、すすんでめっちゃ行きたいと思える場所で。僕の原点となるスタジオとなりました。そのスタジオがあったから自由に生きていっていいんや、って思えて、何とか腐らずに生きていけましたね。

 

 

 

 

 

――なるほど、ライブハウスじゃなくてスタジオだったんですね。そこからバンドをするきっかけを掴めたんでしょうか。

 

 

京都ではストリートミュージシャンをしてたり、バンドもやっていました。でも京都ではあまりうまくいかなくて、25歳のときに大阪でバンドを始めました。

 

 

――大阪でも活動されていたんですね。

 

 

自分のやりたい表現を全力でぶつけ合えるバンドでした。メンバーそれぞれ音楽のルーツやバックボーンが全然違うのに、無理矢理接点を持とうとしてる感じが面白かったんですよね。人間の奥深さが音楽に現れて、それが同居してる状態がすごく好きやったんです。でも、それでは音楽を作って人前で演奏できるだけのクオリティーに持って行くってところにどうしても間に合わなかった。気持ちをぶつけ合うという幸福感はあったんですけど、人にみせるという幸福感が足りなかったんですよ。ぶつけて弾かれてしまった自己表現をしたいという気持ちを昇華するために始めたのが、一番最近までやっていたnurmuttっていうバンドでした。

 

 

 

価値観が違っても共存出来る状態はあるはずで、それを否定して終わるから寂しい

 

 

―― nurmuttは自分の表現やライブをするために始めたってことですか?

 

 

自分で京都でバンドするのもひとつの選択肢やな、と思ったときに、ちょうどヌーマもバンドを脱退したタイミングだったんです。その時点で10年ぐらいの付き合いで、お互い自分で曲作って自分でやって、っていう100%自分という表現をやってる中で出会ったんですけど、それぞれ違うバンドで人生を送ってきて。新しく一緒にバンドをやるってときに、自分で歌うことによって自分の表現の濃度を高めたいとか、自分が集団の肝をやりたい、という熱量がヌーマとは合致したんです。

 

 

――ヌーマさんと似てるな、とかすごく合うな、っていうのがあったんですか?

 

 

ヌーマが格好良い、と思ってつくってくる音楽を僕はダサい、と思うぐらいに真逆でしたね。

 

 

――自分の表現を高めたい、というときに、そういう真逆の要素があるヌーマさんと一緒にやるって、ストレスにならないんですか?

 

 

バンドって、「共存している状態」なだけなんです。だから、離れていれば離れているほど面白い。結局のところ、ヌーマが作ってきた曲を100%格好良いと思ってやるのは無理なんですよね。ツインボーカルっていう形をとることでお互いの表現をやるひとつバンドになれたんです。

 

 

格好良いと思うものが全然違うからこそ、ヌーマが作ってきた濃いものについて僕はめちゃくちゃ思考するんですよ。もしかして、これがヌーマの思う格好良いかな、って発見する瞬間がある。全然考え方も違うし、同じものを格好良いと言うこともほぼないし、やり方も違う。だけど、だから、一緒にやろう、というところから始まったんです。ヌーマか俺、どっちかであればいいという共闘状態というか。nurmuttってもうそれが『ヌーマorムッティー』という状態を指していたんですよね。全然違うような感じ方をしていたり、価値観を持っている人間同士であっても、共存出来るような状態ってあって、違う価値観を否定して終わるから寂しいんやん、っていう感覚が僕にもヌーマにもあったから、そういう表現をするためにnurmuttはあったと思っています。

 

 

――自分の表現をすることと同時に、価値観の違う他人と共存するということを体現していたんですね。

 

 

結局、今までいくつかバンドやってきてうまくいってないのは、自分の価値観がいいって押しつけ過ぎていて、誰かが不満を持っていたりして。納得するまで自分が考えるっていうスタンスをメンバー全員が崩さなければやっていけるし、それが困難であればあるほど乗り越えたときに見える景色はなんとも言えない実感がある。全員総じて自己満足なのかもしれないけど、少なくとも僕とヌーマはそれがあったからライブ出来るところまで出来たなって思います。

 

 

 

 

「おもんない」ことを「おもろい」と思えるように考えて行動したこと全てがその人の表現

 

 

――ムッティーさんのこれからの夢っていうか目指していることを教えて下さい。

 

 

「おもんない」って言ってる奴が居なくなる世の中にもっていけたらなぁと思ってます。「おもんない」って口に出して言う奴に対して思うのが「お前が感じている「おもんない」はお前の感覚のせいやんけ!」って思うんです。

 

 

――何となく分かるんですけど「おもんない」って言ってる奴って具体的にどんな人ですか?

 

 

例えば、僕高卒なんですけど、大学出てなかったら人でもない、みたいな扱いを受けたことがあって。大学出てサラリーマンになって会社のために働くことこそ正義で、それ以外の道を否定するようなこと言われたりしたんです。それでいて「いいよね、村田君は音楽やってて」みたいな言い方したりするんですよね。自分で選んでそういう場所に行ってるのに、何でそういうこと言うの?って思うんです。やっぱり大切なんはどっちの生き方もそれだけが正解じゃないやん、ってとこなんです。そんな正しいサラリーマンの道を歩んでいるのに、夜な夜な飲み屋で愚痴ったりするんですよ。何やったら命失ったりするんですよね。正しいことが辛いことだとして、何故その辛さをごまかすために、自分の大切な時間を潰してるん?サラリーマンを楽しむ方法があるやん!と思ったらめっちゃ悲しくなってきて。

 

 

――人生正解1個じゃないって、それすごく分かります。私はOLなんですが、出来たら会社や上司に刃を向けずにこっそり愚痴言ったりしてうまいことしたい、って気持ちもあるんですよね。最低限の精神状態と仕事のやりがいを損なうことなく、且つ生活出来るだけの対価をもらって仕事したいって思うんです、ズルいかもしれないけど。

 

 

それって全然ズルくないし、刃を向けなくてもいいパワーの出し方もあると思ってて。例えば「この言い方したら角立つんちゃうかな、ってところを上手いこと角立てないように想像して自分の意見を通すっていう能力」って、それめっちゃ表現やんって思うんです。上司に嫌なこと言われたときの返しはもうその人の表現っていうか。おもんないって言ってることの中に、絶対面白がれるポイントがある。その人がした経験はその人だけのものやけど、あとで「おもんない」しか言ってない間は全然表現しようともしてないだけというか。

 

 

 

――「おもろい」と思える方に考えたり工夫したりするのが表現ってことなんですね。

 

 

やっぱりおもんなさに関してはお前は楽しむために頑張れと思うし、あの人がこう言ったから、社会がこうやから、色んな悲しい思いとか悔しい思いがあるとは思うけど、例えばそれを笑いに変えられたら、一気にそういう経験があったからこそ笑える、っていう強みになってると思いません?今みんなが感じていることがあるのに、これが普通だからとかルールだからとかで、その感じたことが潰されていくのが本当に嫌で。みんなパワーあるはずやのに、みんながやったらもっとみんな楽しくなるのにな、って。むしろ僕はそれだけ言いたいんです。

 

 

――それ、どうやって伝えて行動していきましょう?

 

 

行動って難しいんですけどね、もう目の前の一個一個やっていくしかない。スタジオIZ店長のムッティーに関しては、その楽しみ方のひとつを提示するしか出来ひんから。もっと好き勝手言っていいんや、好き勝手やっててもこうなれるんやで、という姿でありたい。覚悟を持って何でも楽しんでやるねんという姿勢を見せるのが僕の表現やし、ムッティーっていうのはパフォーマーなので、どんな状況であってもムッティーを見たら楽しいと思ってもらえる状態がしたいですね。

 

 

――みんながそうやってお互いを認め合って、「おもろい」ことをクリエイトしていけたら世の中最高ですね。

 

 

ほんまそれですね。そうなるにはどうしたらいいやろう……っていうのを日々考えてるし、そういうマインドが入ったバンドがしたいなって今は思っています。でも、こんだけゴリゴリ語ってても気ぃ抜いたら僕も「あーおもんない!」って言ってるときもありますけどね(笑)

 

 

――結構おもんないことって周りにゴロゴロしてますもんね(笑)ムッティーさんからみて、京都は「おもろい」ですか?

 

 

京都は……おもろいですね。「観光都市で歴史的な文化があって人間おしとやかでやわらかい空気があってちょっといけず 」っていうのが京都のイメージかなって思うんですけど、ほんまのほんまの京都は、そのイメージに合わせに行ってる奴多いな、ってイメージです(笑)

 

 

――京都生まれ京都育ちの人って割と少なかったりしますもんね、京都って。

 

 

「京都らしきもの」を薄っすら背負わされてしまう感じがあるんですよね、京都って。ほんまにおもろいことしてる本人たちは京都のひとってくくられても、京都人やからおもろいとか全然考えてないと思うんですけど、京都色眼鏡みたいなのをかけてみられる感じを中から見てるとその様は楽しめるというか。「京都っぽい」なんて、例えば「大阪っぽい」に比べたらキャラ弱いし、他の”街のひと”と別にそんなに変わらへんがな、って思いながら京都的なもんにハマりに行ってる感、これ僕楽しめますね。

 

 

 

photo:益戸優

取材協力:炭火炉端焼龍馬光路(〒615-0021 京都市右京区西院三蔵町32-2 ジョイテル西院1F)

 

 

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