music studio SIMPO

 

烏丸御池から少し歩き、釜座通りを南にくだった所にあるmusic studio SIMPOは00年代の関西バンドシーンを牽引したママスタジヲのフロントマン・小泉大輔の主催するレコーディングスタジオです。かつて小泉と青春時代を同サークルで過ごしたくるりや、今や京都インディー代表格のhomecomings、スーパーノア、the coopeez、中村佳穂などなど、私たちはこの小さなスタジオで生まれた音たちを、気がつかないほど日常的にテレビやラジオ、レコード屋さん、本屋さん……いろんな場所で耳にしているはず。

 

 

2014年にはそこへPA経験の豊富な荻野真也が加わり、新たにlive house nanoの3階に二つ目のレコーディングスタジオmusic studio SIMPO+を設立。京都の音楽のバックにはこの男たちアリ!と言っても過言ではありません。あなたの耳をくすぐるその音も、この小さな地下で産声をあげたかもしれませんよ。

 

 

INFORMATION

 

■music studio SIMPO

〒604-8272 京都市中京区釜座通三条上る突抜町793 MAVIXビル B1F

■music studio SIMPO+

〒604-0041 京都市中京区押小路通釜座西入ル二条西洞院町632-3 live house NANOビル3F

 

【定休日】不定

【営業時間】11:00-23:00(最大12hレコーディングでの貸切が可能)

【電話番号】075-212-3228

【HP】http://studio-simpo.com/

 

 

 

 

 

「仕事」として音楽に向き合うということ。

 

小泉大輔さん

 

 

――早速ですが、お二人の現在に辿り着くまでの経緯を簡単に教えてください。

 

 

小泉:僕は大学時代のサークル (立命館大学・ロックコミューン) でやっていたママスタジヲというバンドでメジャーデビューをしました。ただひたすらに「バンドで面白い曲が出来たから聴いてほしい」という一心でやっていただけだったから、契約が切れた当時は「就職……?どうしよう!」という浦島太郎状態になってしまって。そうなって初めて「ああ、今までやってた音楽ってちゃんと”仕事”だったんだな」って気づいたんですよね。

 

それからウーララmusic studio hanamauii(以下、ハナマウイ)といったライブハウス・スタジオで働きはじめました。そもそも僕はバンド名に”スタジオ”って入れるぐらい、スタジオとかレコーディングっていうものが大好きだったんですけど、それまでは自分のバンドをレコーディングしているだけに過ぎなくて、言ったらバンド・音楽・レコーディングなんでもいいからとにかく表現できれば良いっていう考えだったんです。でもPAの仕事を始めてやっとサウンドをつくるということに仕事として向き合うことができました。あの時、もっと仕事と認識して音楽と向き合えていれば良かったのにという気持ちもありつつ、同じ失敗はしないぞとPA・レコーディングっていう仕事と向き合えるように取組み始めました。それで独立したって感じかな。

 

 

――小泉さんが「レコーディング」に辿りつくきっかけって何だったんですか?

 

 

小泉:友達のお父さんがビートルズマニアで、彼の家にオープンリールがあったんですよね。それで逆回転させて遊んだり……それが中学生ぐらいかな。高校生でギターとMTRを買ってずっとレコーディングして過ごしていました。

 

 

――ではバンドより先にレコーディングにハマっていたという……結構特殊ですね。しかし、せっかくメジャーまで行ったバンドを辞めてしまうことに抵抗はなかったんですか?

 

 

小泉:今だったら働きながらインディーズでやっていくっていう当たり前のスタイルが格好いいけど、当時は音楽をやる=メジャーデビューっていう最後の世代だったのかもしれませんね。バンドを続けられたら良かったんですけど、曲を作って歌詞を書いて人を感動させ続けるっていうのを「仕事」としてきっちり続けていかなくちゃならないという、当たり前のことを目の当たりにして、あれれみたいな (笑) 。いろんなバリエーションの曲も書かないといけないし、納期も守らないといけないし……音楽始めた人ってほとんどが最初は「趣味」な訳じゃないですか。それが急に「仕事」になって、やるべきことをこなして、かつ自身のオリジナリティも出すっていうのが最終形で理想形。

 

結成からデビューまでは4~5年間の貯金があるからいいんですけど、1st以降は1~2年スパンで同程度以上のクオリティのものを作り続けなきゃいけない。その中でバンドを10年20年続けていくというのは凄まじい才能がいると思います。2ndを出したときに、自分はそっちじゃなくてサウンドメイクや曲のアレンジなんかの方が向いているのかなって思い始めたから、辞めるときにはあまり未練はなかったかな。

 

 

――そこまではっきり言い切れるのもすごい。メジャーまできちんといくことができたからこそ、理解できたのかもしれませんね。次に荻野さんはどういった経緯で現在SIMPOで働くに至るんでしょうか?

 

 

荻野:僕はもともとバンドもやっていたんですけど、どうせバイトするならやっぱり音楽に関係するものがいいなと思ってハナマウイ立ち上げからスタッフとして働いていました。大学卒業間際ぐらいから「PAやらない?」っていろんな人から声をかけてもらうことが増えて、METROや大阪のpara-diceHARDRAINでPAをするようになりました。

 

続けていたらなんだかんだで食べて行けるようにってなっていたので、ずっとPAを続けています。本来はバンドもやりながらPAもやって……っていうイメージだったんですけど、気がついたらPAの方が楽しくて「バンドの予定で楽しみだったPAの仕事入れないじゃん……!」と感じてバンドを辞めました (笑)

 

 

――逆転現象が起きてますね! (笑) 。がっつりPA畑で育った荻野さんがレコーディングを始めたきっかけはなにかありますか?

 

 

荻野:ハナマウイがレコーディング事業を本格的にやっていくことになって、それで小泉さんがハナマウイに入ってきたのが大きいですね。小泉さんがやっているのを見て「僕もやってみよう」と思ってレコーディングを始めました。PAとして働いていたハコが空いてるとき好きに使っていいよって言ってくれていたので、そこに機材を持ち込んでレコーディングしたり……。

 


――お二人ともPA経験を経て今SIMPOをやっている訳ですが、PAとレコーディングだったらどちらが好きなんでしょう?

 

 

小泉:僕はもうレコーディングですね。120%。

 

 

荻野:難しい…… (笑) 。3日ぐらいスタジオに籠っているとライブハウス行きたいな……ってなるし、逆にライブハウスにずっといたら早くミックスしたいなってなりますね。どっちもやることが僕にとっては程良くモチベーションが保てていいのかもしれない。

 

 

 

技術やアイデアを駆使すれば素晴らしい作品はできる。それがスタジオの醍醐味。

 

荻野真也さん

 

 

――SIMPO+はいつ頃オープンされたんですか?

 

 

小泉:2009年に釜座通りのSIMPOをはじめて、2014年にnanoの上にSIMPO+をオープンしました。5年以上ずっと一人でやっていたことに少々の飽きもあり、新しい風を吹かせたいなと荻野を誘って始めました。

 

 

荻野:僕もハコに機材を持ち込んでレコーディングすることに限界を感じていて「ちゃんとしたレコーディング環境で録りたいな~」って思っていたところだったのでありがたかったです。

 

 

――なんと、丁度噛み合ったタイミングですね。荻野さんがきて2年半くらいになるということですが、その間にもFUJI ROCKのRED MARQUEEでPAをしたりと、ご活躍が目覚ましかったかと思います。小泉さん的にも狙い通り新しい風を吹き込むことができたなという実感ですか?

 

 

小泉:そうですね。実は荻野と僕って完全に独立採算制なんです。僕が荻野のやった仕事からお金をもらうっていうのは面白くないなと思っているので……という反面狭い関西・京都の範囲での仕事なのでお客さんの取り合いにもなるんですよね。でもそれはそれで切磋琢磨できて、お互いのレベルが上がるのでいいかなっていう。もちろん同業他社もライバルなんですけど、こんな近くにライバルを作れたっていうのは僕にとって良いことだと思っています。

 

 

――小泉さんは20年以上ずっと音楽に携わってきた人生じゃないですか。そんな中で未だに「今これが一番楽しい」「今からこれがやりたい」っていうものはありますか?

 

 

小泉:僕、考え事するのがそもそも好きなんですよね。レコーディング中も「もしかしてあのマイクあったらいいんじゃないか?」って思ったらその日は家に帰っても、一日中そのマイクのことを考えてたりする。常にそういう細かい思いつきがフックになっていて、それがたまに具体的なことに繋がったりする。例えば、「自分が収入を得る順番を変えてみたらどうなるんだろう?」って疑問から、CD・配信の音源を全部パッケージまで完成させてから、お金を貰ったらいいんじゃないかと思いついたときがあって、それってよくよく考えたらレーベルでは?っていう考えに達したので、ちゃんとレーベルを名乗って作品を出してみよう、とか。最近だと「大阪に3つ目のスタジオ作ったら……?」っていう話を荻野と帰り道にしたりね。

 

 

――おおっ……!?

 

 

小泉:そういうちょっとした思いつきが積み重なってひとつの大きなものになればいいですね。バンドやっているときもアパートでギターのコード進行を吟味しながら「このアパートで生まれた曲が売れるってどんなんやろな」って考えていたし、実際メジャーデビューしたときもアパートからポニーキャニオンというデカい組織へもぐりこんだスパイみたいな気分でしたからね。妄想のような、野望のような。荻野は何か野望とか持ってないの?

 

 

荻野:野望か~。地元でこの仕事できるようになりたいですね。実家が兵庫の山奥なんですけど、この仕事で地元に帰ろうと思うとめちゃくちゃ売れないと無理だなって。誰も来ないでしょ (笑)。新幹線なり車なりで時間とお金をかけてでも、荻野とやりたい!って思って貰いたいなぁ。

 

 

小泉:それは大きい野望だね。大きいスタジオ作ってよ! (笑)

 

 

――小泉さんもかなりの野心をお持ちだと思いますけどね。普通は小さいアパートで作ったものが世に出て行って……とかまで意識できないと思います。

 

 

小泉:まぁそれぐらいの規模が自分らしいなって思っていますね。そりゃ広いスタジオも欲しいなとか、外の大きなスタジオにエンジニアとして呼ばれていろんなバンドと一緒にやりたいとも思いますけどね。

 

 

――でも小泉さんはこのSTUDIO SIMPOという小さなスタジオから生まれる音楽で、世界を変えられると思ってる人ですよね。

 

 

小泉:変えることはできると思うし、小さい場所でも技術やアイデアを駆使すれば感動を生み出せる作品は作れると思う。それがスタジオの醍醐味ですよね。わくわくする。

 

 

 

 

 

昨日と違うことをしたい!って毎日考えているし、日々日々進化しています。

 

 

――今って家でRECも比較的簡単にできるような時代じゃないですか。そんな中でレコ―ディングスタジオでやる意味って何だと思いますか?

 

 

小泉:僕は宅録小僧だったので宅録でも構わないと思いますけどね。それでもレコーディングスタジオにはエンジニアのノウハウもあるし、場所としての緊張感もありますよね。それだけで「仕事」っぽくなるっていうのはレコーディングスタジオの好きなところではあります。

 

 

荻野:僕も自分でRECやミックスしていた人間だからこそ言えるんですけど、やっぱり一カ月に何十件もレコーディングしている僕らと自分の曲しかレコーディング・ミックスしていない宅録の人と比べたら、経験の差はあると思いますね。その経験値に対して報酬をいただいているという感覚です。

 

 

小泉:これは自信をもって言えるんですけど、僕も日々己を更新してNEWコイズミになっています (笑) 。1回録ったことのあるバンドだったら、2回目に来てもらったときには全然違うスタジオだと感じてもらえるぐらい楽しいRECにしたいと思っている。僕のノウハウ自体も進歩しているし、バンドに対しての認識も1回目より蓄えているので絶対に良いものにできますよね。RECが終わったあとのライブとか、こっちも気にしてチェックしたりしますから。より良い作品を作りたい気持ちが湧いてきます。

 

 

――小泉さんは「良い作品」とはどのような作品だと思いますか?

 

 

小泉:後で聞いても良いなって思えるような、時代に残っていくものかな。あと「ぶっ壊したい!」って言う気持ちもあるんですよね。

 

 

――ぶっ壊す……?

 

 

小泉:僕は70年代後半のオリジナルパンクの精神や「俺にも出来そう!」みたいな雰囲気が好きで、演奏が上手くなくてもアイデアがあれば芸術は作れるんだっていう精神に憧れているので、RECの中でも何か面白いことできないかなって考えることが多いです。それで「取り返しのつかないようなマイキングにしたれ!」ってやって本当に取り返しつかなくなるときもあるんですけどね (笑)。

 

 

――エンジニア・スタジオマンってどういう人に向いてるんでしょうか?きっと京都にはこれから、そちらの道に進みたいって学生が沢山いるのかと思っています。

 

 

小泉:やっぱりオタク気質な所ですかね (笑) 。

 

 

荻野:昔からずっとネットで音響機器販売のサイトをチェックしてましたからね。高くて手が出ないのに、さんざんスペック調べたり。

 

 

小泉:「小泉さんこれ出てますよ!」「見た見た、それ入札俺やから」みたいなね (笑)。そういうのが楽しいと思えるかどうかかな。あとはマメさも必要。RECでも「ここをもっとこうしてください」って要望を受けたときに、変える前の設定とか全部メモしてないと元に戻れないしね。

 

 

荻野:エンジニアっていきなりビッグな会社に雇われて……ってことは少ないので、最近は多くの人がフリーから始めると思うんですよ。だから自分でちゃんと食べれるまで売り込んでいかないといけないので、そこをマネジメント (アピール) できるかどうか。あとは結構この業界、体育会系です。アシスタントはお昼のお弁当食べるときも、アーティストの分を先に用意して、アーティストより後に食べ始めるけど一番早く食べ終わって片づけしなきゃいけないって昔いたスタジオで習いました。どんなに疲れていても打ち上げは最後までいないといけない、とか (笑) 。そういう忍耐力ももちろん必要だと思います。

 

 

――どういうアーティストにSIMPOで録ってほしいですか?

 

 

小泉:どんなアーティストでもウェルカムなんですが、面白いアイデアを持っているバンドとは是非一緒にやってみたい。

 

 

荻野:あまり関わりのないジャンルにも手を伸ばしてみたいですね。ジャズやクラシック……この間ここでバイオリンのレコーディングをしたんですよ。弦楽器ってホールの響きが大事じゃないですか、そういうのをどうやって表現していくのか。あと、NYやLAのジャズヒップホップシーンを見てると、すごく狭い部屋でマイク1本2本で録ってるのとかも格好いいなって思います。

 

 

小泉:セオリーからちょっと外れたというか、聞いたことのない音像は録ってみたいなって思いますよね。

 

 

――今後のSTUDIO SIMPOはどうなっていくんでしょうか?どうしたいですか?

 

 

小泉:スタジオを始めて5年目で荻野を入れて、じゃあ次どうしようかなって所なんですよね。「昨日と違うことをしたい!」っていう気持ちは毎日あるので、やっていないことは何でもやってみたいです。今回「スポット」って形で取材に来てもらって、僕自身にも「ここがあったから、今自分がこうなっているんだな」っていう大事な場所が少なからずあったことを思い出しました。SIMPOがそういう場所になればいいなと思います。そしてここで出会った人が、僕らを更にどこかに連れていってくれれば、もっと面白くなるんじゃないかな。

 

 

――ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

山田 和季
山田 和季
チーフエディター。 (頭が悪いから) 歯に衣着せぬ物言いで、最近は「めたくそライター」の肩書もGETしました。ふざけただらしのない文章を好みます。母の鳴く家というバンドで紅一点ギターを弾いていますが、わりと常にエロいことを考えています。