立誠シネマ


平成5年に閉校し、以後は自治会行事や、カルチャー系イベントにも積極的に利用されている元・立誠小学校。1895年に発明されたリュミエール兄弟のシネマトグラフが1897年にパリから日本へ輸入され、日本で初めて投影されたのが元・立誠小学校であり、日本初の「映画」の試写実験が成功したことから、日本映画原点の地とされています。

 

 

選りすぐりの映画を体験できる場所として多くの人に愛されている京都のミニシアター・立誠シネマプロジェクト。家を出なくても、1500円を払わなくても映画が観れる時代に、映画館の存在価値を模索し続けているこの場所には、多くの映画ファンが集います。そう言った人たちこそが、立誠シネマプロジェクトと映画館の価値を証明しているのです。

 

 

そんな元・立誠小学校は2017年3月末に「元立誠小学校跡地活用」の公募型プロポーザル(京都市所有の元立誠 小学校跡地を民間事業者が定期借地し、市指定施設(自治会活動スペース、屋外オープンスペース、 文化事業スペース等)を含む民間提案施設を建設・運営する PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ) 事業)において、契約候補事業者が決定。今後の動向からは目が離せません。

 

 

INFORMATION

【住所】 〒604-8023 京都市中京区備前島町310-2(木屋町蛸薬師下ル) 元・立誠小学校 南校舎3階

【営業時間】 公演次第

【電話番号】  080-3770-0818(受付)/ 075-201-5167(事務所)

【HP】 http://risseicinema.com/

 

 

 

ここが映画を見る環境としてのオルタナティブ

 

今回は立誠シネマを運営されている田中誠一さんにお話を聞いてきました。

 

 

ーー立誠シネマプロジェクトは全国でもなかなか見ないような形式の映画館ですよね。

 

 

よく言うのですが、我々は“映画館”ではないですよ。ここは学校の施設で、教育委員会が管理をしています。民間の営利活動をしているものが入っている、ということ自体がまかり通らないんですよ。京都市の主催事業であり、役所的には教育施設の研修室という立ち位置です。もちろんお客さんがその事情は知らなくてもいいんですけどね。映画館と僕らは名乗れない。

 

 

ーー映画館ではない。いきなり頭を打たれたような気分です。田中さんの名刺はシマフィルム(株)名義で、肩書きは製作・配給とあります。元々映画を作られていたのでしょうか?

 

 

そうですね。映画はそんなに頻繁に作れるわけでもないので、自分たちにできることはないか考えた結果が、場所を作ることでした。映画というフォーマット自体が行き詰まっていて、『君の名は。』とか『スターウォーズ』をやっている映画館にも人は来なくなってきているんです。この先映画館というものが残っていくかが怪しい。その中で既存の映画館を作ることは極めて困難なことです。でもそんな世の中で映画が生きていけるのか、死んでいくのか、生き残るにはどうしたらいいかを、我々は考えなきゃいけないんです。

 

 

ーーなるほど。

 

 

立誠シネマプロジェクトは自分たちが自由にできることが少なくて。元々ある建物を使っているので、映画を見るために作られた場所ではないじゃないですか。水場がないから3階(上映スペースがあるのは元・立誠小学校3階)にはトイレが作れないとか、エレベーターがないとか。すぐそばにある大手シネコンは映画を見るための施設で、一からコンセプトを考えて、それに沿って建物を作っているわけで。そういったところと根本的な差が出るんです。空間における居心地の良さとか、映画の見やすさもそう。でもだからこそ、この環境で何ができるか、何が一番良いことなのかを常に考えています。それが立誠シネマプロジェクトの姿勢でもあるかと思います。

 

 

ーー映画を見れるハコを作ることで、映画の文化自体を守ろうとしているのでしょうか。

 

 

僕が立誠シネマプロジェクトをやっている理由は、映画を見るという環境のあり方において、既存の映画館の形しかないんですか?っていう疑問からなんですよ。ここが映画を見る環境としてのオルタナティブだと思って運営しています。人が映画を見るという行為を捨てずに生きていくためには何があったらよいのか?ということを考えながらやってます。これが未来の新しい可能性だ!とかは思ってないですけどね。

 

今は家から一歩も出なくても、映画はいくらでも見れる。最近じゃTSUTAYAにすら行かなくても、Netflixやhuluで、インターネットに繋がっていれば映画はいくらでも見れる。そんな時代に、わざわざ町中まで出てきて、貴重な時間を使って、映画館で映画を見る人たちがいるわけですよ。家で映画を見ている人と何が違うと思いますか?

 

 

ーーネットやレンタルでは見れない映画が上映されているから見に行く、とかでしょうか……?

 

 

それは作品単位の話ですよね。ひとつの作品を映画館と家の両方で見たことはありますか?

 

 

ーー『千と千尋の神隠し』は映画館でも、家でも見たことがあります。

 

 

それはいい体験をしましたね。その時の記憶って残ってます?

 

 

ーー意味とかはきちんと理解せずに見ていましたかね……小学生の頃に見たのでアニメだったら、動いてたらなんでもいいくらいのノリだったと思います。

 

 

映画館で見た『千と千尋の神隠し』と、家で見た『千と千尋の神隠し』に違いはありましたか?

 

 

ーー迫力や印象はケタ違いですよね。家のテレビは小さいので……。

 

 

僕らがやっていることは、その違いを大事にしたい、っていうことなんです。それはほかの映画館、この近辺だったら京都みなみ会館さんも、京都シネマさんなども同じように考えてらっしゃいます。

 

 

 

 

 

映画はコンテンツではなく、体験

 

 

ーー今までで印象に残っている出来事などはありますか?

 

 

一番大変だったのは、『少女椿』ですね。アニメ版『少女椿』って、パフォーマンス付きなんですよ。芝居やアクションを含めて上映するもので、なかなかできないものです。立誠シネマプロジェクトでは舞踏家さんを呼んだり、花吹雪を舞わせたりしてパフォーマンスを盛り立てました。

 

少女椿(コミック)

 

 

ーーそれは上映を取り付けるまでが大変だったのか、パフォーマンスの演出などが大変だったのか、どちらでしょうか?

 

 

大変だったのは『少女椿』という作品が好きなお客さんたちに対して、そういった方々が望んている『少女椿』を再現できるかどうか、のプレッシャーの部分ですかね。

 

 

ーーお客さんの反応はいかがでしたか?

 

 

かなり喜んでもらえましたよ。入れなかった方々には申し訳なかったです。

 

 

ーー再演を望む声などはなかったのでしょうか。

 

 

しんどいのでなかなか簡単にはできませんね。お客さんが河原町の駅からここに歩いて車での仕掛けなんかも考えると、導線設計からいくらでも作り込むことができるんで、どこまでやるか、なんですけどね。そんなことをやっている映画館てあまりないでしょう?

 

 

ーーそうですね。例えばどんな仕掛けができると田中さんはお考えですか?

 

 

例えば阪急河原町駅の1番出口から、立誠シネマプロジェクトに来るまでの道のりでも仕掛けることはできるんです。高瀬川沿いを歩いたら、映画に関連する何かが仕掛けてあったりとか。それだけで、わくわくしませんか?

 

 

ーーすごくわくわくします。これまでの一連の流れで、映画とリアルをくっつけるということが、実際にあることに驚きました。映画の演出は、スクリーンの中だけでなくて、無限大なんだな、と。

 

 

映画はコンテンツではなく、体験だと思っているんです。 ものはどんどんなくなっていくわけですよ。あらゆるものがデータで取得できるものに変わって、ソフトの価値がなくなってきていて、あなたの部屋にあるものもどんどん変わってきているんです。CDだって、映画だって同じです。そうなった時に人間にとって何が一番大切になるか?何がいつまで残るかもわからないじゃないですか。 体験はものではない。体験は記憶としてしか残らない。あなたが20歳のときに立誠シネマプロジェクトで映画を見たとしたら、それが記憶に残るか残らないかは別として、その事実は残るわけなんです。僕たちはその事実を提供する仕事をしているわけなんです。

 

 

ーー映画は体験、またいい言葉をいただいた気がします。映画の楽しみ方がまた一つ増えたような感覚です。

 

 

『世界から猫が消えたなら』って映画、見ましたか?あの話みたく、明日から映画という存在がなくなっても、人の意識から消えても、物理的には生きていけるわけじゃないですか。映画は「これがないと明日から生きていかれへん……!」ていうものではない。映画ってその程度のものなんですよ。撮影現場で演技に悩んで混乱してたイングリッド・バーグマンに対してヒッチコックが「イングリッド、たかが映画じゃないか」と言ったというね。でも僕はそれを生かすにはどうしたらいいかということで生きてきちゃっているもので、抜け出せませんけどね。

 

 

ーーこれから新しくお考えのことは何かありますか?

 

 

いろいろ考えてますが、そのうちお知らせできるようになると思います。ここがこのままの形であり続けられるのも残り少ないので、ぜひ今のうちにいらしてください。