petit à petit

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あなたが「インテリア・雑貨」に求めることは何ですか。「丁寧な作りで使いやすいこと」?「手作業によって生み出された1点ものであること」?それとも「見えない部分にこだわりが詰まっていて、発見する楽しみがあること」?―それらすべてを叶えてくれるお店が、ここ京都にあります。経営者のお2人が制作から販売まですべてを手掛けるテキスタイルのインテリア・雑貨店、petit à petit (プティ ・タ ・プティ) です。

 

 

ここのテキスタイル (=プリント柄) の特徴は、何といっても紙で作ったコラージュをベースとしている点です。ヴィンテージものや包装紙など紙質から選び抜いたコラージュに色のかすれ具合まで再現する高いプリント技術を融合させることで、華やかでありながらも水彩画のようにじんわり内側から滲むやさしい色合いをあわせ持った作品が生まれています。山や花をモチーフとしたテキスタイルにはすべて京都にゆかりのある「物語」が詰まっており、こういった遊び心は持ち物に愛着やこだわりを求める人にはたまりません。これらのテキスタイルは京都の職人さんの確かな手によってクッションやがま口、御朱印帖、日傘などのインテリア・雑貨に変身して店頭にならびます。

 

 

イラストとテキスタイルプリント、違う分野の第一線で活躍されてきたお2人がそれぞれの得意分野を活かし合うことで、他には真似できない作品が生まれている稀有なお店。今の京都で絶対に見逃せない一店です。ぜひ京都ゆかりの物語の詰まった、美しい作品たちを家に連れて帰ってください。

 

 

INFORMATION

 

【住所】〒604-0992 京都府京都市中京区寺町通夷川上ル藤木町32

【定休日】無休

【営業時間】11:00 ~ 18:00

【電話番号】075-746-5921

【HP】http://petit-a-petit.jp

【E-mail】info@petit-a-petit.jp

 

 

 

 

同窓会でお互いの近況を聞いて「これはおもしろいことができる!」と意気投合したのがきっかけ

 

 

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左:ナカムラユキさん、右:奥田正広さん

 

 

ーーお店をオープンされたのはいつ頃でしょうか?

 

 

ナカムラさん (以下ナ): 2014年の3月です。その2年前から2人で会社を立ち上げて個展を開いたりイベントに参加させていただいたりしていましたが、お店という形態は取っていませんでした。

 

 

ーー会社を立ち上げられた経緯について教えてください。

 

 

:私たちは右京区の嵯峨野で生まれ育った小学校時代からの幼馴染なんですが、2012年に同窓会で一緒に幹事をしたんです。その時にお互いの近況を聞いて「これはおもしろいことができるかも!」と意気投合したのがきっかけです。50手前という、いい年齢でもあったのでどうせなら会社を立ち上げようということになりました。

 

 

ーーそれまでのお二人の経歴を聞かせてください。

 

 

:私は東京で主にイラストレーターの仕事をしていました。キャリアとしては約30年になります。雑貨好きが高じて、アパレルメーカーの雑貨のコーディネートや企画を担っていた時期もありました。京都に拠点を移してからは、左京区の北白川でフランス雑貨とギャラリー&カフェ「trico+」( トリコプリュス )を8年間ぐらい営んでいました。幻の店と言われていましたけど( 笑 )、同時に京都のさくらやレトロ建築、雑貨等に関する書籍の執筆も手掛けています。

 

 

奥田さん (以下奥):僕はいろんなブランドの裏方で画像処理やテキスタイル製作をやっていました。和装10年、洋装10年、水着メーカーで10年です。

 

 

ーーまずナカムラさんから詳しく聞かせてください。どういったきっかけでイラストレーターの道に進まれたのでしょうか?

 

 

:高校卒業後東京へ引っ越し、ビジネスの専門学校に進学し、その後証券会社で3年間プログラマーの仕事をしました。でもバブル期に就職したのでとにかく忙しかったんです。朝早くから終電近くまで働くという時期もあり、突然、蕁麻疹が出たり熱が下がらなくなったり……ストレスと過労で体調がおかしくなったんですね。数学が得意なわけでもなかったのにたまたまシステム部に配属されて、泣きながらプログラムの勉強をするような日々でした。みんな誇りをもって仕事をしている良い会社ではあったんですけど、そういう周りを見れば見るほど「私はこういう想いでは働けない、これは本当に私のしたいことじゃない」という思いが強くなり、真剣にしたいことを考えた結果、絵が好きだなというところに行きついたんです。

 

 

ーー専門的な技術を持たない中での転身は大変だったと思うのですが、どのように乗り越えていったのでしょうか?

 

 

:ツテは全くありませんでした。美大などを出ておらず業界の知り合いもいなかったので、ギャラリーに行って「どうやったらイラストレーターになれますか」って直接聞いたりしていました (笑) 。イラストレーターの方と会う機会をセッティングしてくれる等、皆さん親切にしてくれましたね。今だったら絶対に行けないですけど、知らなかったからこそ素直に飛び込めて良かったのかもしれないです。

 

 

ーー本格的にイラストレーターとして活動できるようになったのはいつ頃ですか?

 

 

:前職に務めつついろいろなコンテストに応募して、その中でひとつ賞をもらえたことをきっかけにイラストのファイルを持って営業に出るようになりました。出版社や広告代理店、デザイン事務所等のリストを作って電話してはがきを送ってという作業を繰り返し、3か月で100社ぐらい回り、2年目からは比較的コンスタントにお仕事をもらえるようになりました。おかげさまで世に知られる雑誌やたくさんの企業広告に関わることができました。

 

 

————3か月で100社!志があっても、普通なかなかそこまでできないですよね……。

 

 

:もともと2人とも体育会系なんですよ。会社をやめてイラストレーターになりたい!と言ったら周りに笑われて悔しかった経験とか、そういうことがバネになっていました。ある雑誌の有名なアートディレクターさんに連絡をしたら1時間ぐらい延々とお説教をされ、電話を切られた後に悔しくてワンワン泣いたこともあります。その人を頷かせたいというのも頑張れた理由だと思うので、今となってはあの時に言われてすごくよかったなと思えます。数年後にその方から仕事の依頼もあったんですよ。

 

 

ーーモノづくりをする上で、そういったハングリー精神は必要だと思いますか?

 

 

:「ボロボロに言われるぐらいなら趣味として自由にやっていく方がいい」とあきらめていく人も大勢見てきたし、それはそれでひとつの生き方として良いと思うんです。でも私はイラストで食べていきたいという思いが強かった。好きなことは中途半端にやるよりも暑苦しいぐらい好きという方が、きちんと自分の柱となって人生に活きてきますよね。若い時は失敗しても絶対に修復可能だし、あとで経験として活きてくるのだから、したいと思ったことはどんどんやった方がいいと思います。

 

 

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ーーありがとうございます!次に奥田さんにお話を伺いたいと思います。これまでの経歴を伺ってもいいですか?

 

 

:高校卒業後最初に就いたのは染型工場での仕事で、そこで手で着物の柄のトレースをする技を学びました。ざっくり言うと、必要な色を一度分解し別々に塗り重ねることでひとつの柄を完成させるという技法ですね。その後、手作業でやっていたことをパソコンやプリンターを使って作業していく時代になって、いちはやくその分野に取り組んでいきました。まだノウハウが確立されていなかった時代だったので自力で学ぶのは苦労しました。

 

 

ーーまだパソコンの知識ですら世の中に浸透しているか怪しい頃ですよね。すべて独学で習得されたのですか?

 

 

:独学です。洋装の担当になった時にMacを触り始めました。Photoshopが出てすぐの頃だったので当時最先端ですよね。テキスタイルの画像処理をするという仕事そのものがまだ世の中に少なくて誰に聞いても「Macってなに?」っていう状態だったし、説明書も英語で参考にはならなかったので自分でやるしかないと腹をくくったんです。

 

 

ーー画像処理の技術者として当時最先端を行っていたということですよね。そこから洋装などの分野でも活躍されるようになっていったのですね。

 

 

:そうですね。『ヨウジヤマモト』とか『ラルフローレン』とかみんなが知っているようなブランドのテキスタイルをやったり、若い女の子が着る水着のプリントのデータをつくったりしていました。職人で僕のような経歴の人は実は少ないんですよね。今の時代は最初からPCで作業するような人が主流なので、染型工場での知識もあるし、インクジェットプリントでテキスタイルをプリントするノウハウも知っているしという人は少なくて重宝がってもらえたみたいです。

 

 

ーーテキスタイルを製作される上でのコツはありますか?

 

 

:何十年もやってきたノウハウに依るところが大きいので、コツを言っても簡単にできないと思いますよ。人が見て綺麗・かわいいと思う色をどういう風に作ればいいかということは言葉では説明できません。たまたま二人とも経験があるから生み出せるわけで、勉強したからできる種類のものではないんです。言ってしまえば磨いてきたセンスですね。あとは縁と運と、いろいろなものが合わさって今がありますから。特に僕がやっている部分は画像処理という言葉で説明はしますけど、実際はもっと複雑な工程が積み重なってできるものです。

 

 

 

人って世の中に溢れていてすぐに買えるものより、なかなか手に入らないものの方が欲しくなったりしますから

 

 

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ーー今のお2人のお仕事の担当領域はどのように分けられているんでしょうか?

 

 

:私がまず紙を貼り合わせたコラージュ作品を作ります。これが原画としてテキスタイルの基本になります。そこに物語として言葉を添えたりするのも私の役目です。

 

 

:そこから色の配色を分けて画像処理をしてインクジェットプリントをするまでが僕の役目です。0から50までをナカムラが、51から100までを僕がやる感じ。色や配置を決めるような作業は2人でします。接客が好きなのでお店には僕も立ちます。

 

 

ーーバランスが綺麗に取れているお二人なんですね。制作から販売まですべてマルチに手掛けられる知識・ノウハウをお持ちだというのは純粋にすごいなと感じます。

 

 

:逆に2人だからできるという面もありますね。普通ならデザインをしたらプリント工場に持っていきイメージを伝えるんですが、なかなか思ったような出来にならないというのが世の常です。デザイナー100人いたら100人が抱えている悩みだと思いますよ。

 

 

ーー自分達ですべて製作されていることの一番の醍醐味はそこなのでしょうか?

 

 

:そう、思い描いたとおりの色で描いたとおりの雰囲気にということを一番実現しやすいんです。柄だけで勝負しているベタ柄と呼ばれる柄とプリント自体が繊細な柄というのは全く違って、後者はより複雑で値が張るので依頼をすると負担が大きくなるんです。

 

 

ーー世の中にはそういうところを妥協する場面も多いかと思うのですが、お二人は妥協されたくないのですね。

 

 

:妥協したくないけどやむを得ず……というデザイナーも多いんです。取引先の営業から実際の作業者まで間に何人も挟む伝言ゲーム状態ですから。感覚的なところによるものが大きいのでうまく伝えられないことが多いんですが、そこを私たちはセルフでできるから自由に作れるというのはあるんでしょうね。

 

 

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ーーお店のコンセプトについて詳しく教えてください。

 

 

:「鳥は少しずつ巣をつくる」というのがコンセプトです。少しずつ丁寧にモノづくりをしていきたいという思いから決めました。がま口や日傘などのほとんどは京都の職人さんたちが1から作ってくださるもので、丁寧なモノづくりというのはそこにも通じています。パリなどヨーロッパの空気を取り入れつつ、京都のエッセンスを大切にしたいという思いを持って作品作りをしています。

 

 

ーー作品1つ1つのモチーフはどのようにして生まれるのでしょうか?

 

 

:京都でやっていくなら京都ということを出した方がいいなと思い、鴨川や広沢の池のレンゲ畑など京都の日常の風景をモチーフにしました。山の柄は、空白の部分が鴨川の流れを表しているんです。サイトには地名は出していませんがすべての柄の中には京都の土地への想いがあり、それを言葉で伝えることによって買ってくださる方の思い入れも全く違った度合いになると思っています。お客様が商品を持ち帰った後にそうした京都の風景を思い出してくださったら嬉しいですね。柄のコンセプトというとひとりよがりになりがちですが、京都という土地を起点に考えているので親近感をもっていただけるんだろうなと思います。

 

 

ーー商品を作る時に心がけていることはありますか?

 

 

:世の中にかわいい柄はいっぱいあるので人の印象に残る柄を作りたいと思ったんです。それで研究するうちにコラージュ独特の重なり、奥行きを大切にした独特の柄を生み出すことに成功しました。特に三角形を重ねた山の柄はすごく皆さんの印象に残っているようです。山というモチーフ自体が普遍的に、世界共通に思い入れのあるモチーフであることが理由なのかなと思います。男性のお客さんにも山の柄のファンは多いですね。

 

 

:カップルで来て女性が出ようとしているのに男性がお店から出ようとしなかったり、男性の方がハマったりということもけっこうあるんですよ。

 

 

ーー色柄からして女性をターゲットにされているイメージが強かったのですが、ペアで持つなんてとても素敵ですね。紙質にはどのようなこだわりがありますか?

 

 

:京都やヨーロッパの古い紙やパリのマルシェで果物を包んでいた紙など年代や国籍も様々な紙をいろいろ組み合わせているんです。昭和30年代のガリバン刷りの原稿用紙を見つけてきて使ったりもしています。だから紙が好きな人は気づいて反応をくださったりしますし、大阪の文房具屋さんは「紙が柄に活かされているから買いたい」とのれんを買ってくださいました。

 

 

ーー作品に対するお客さんの反応に手応えは感じていますか?

 

 

:2年間でこんなに反応があるとは思わなかったですね。最初の1年で予想していた来客数が50人だとしたら実際には100人来てくれて、次の年にはそれが200人になった。 (ナカムラさんに) こんな予定ではなかったよな?

 

 

:ちょっとずついいものを作っていこうっていうコンセプトでやり始めたけど、全然ちょっとずつにならなかったです。必死 (笑) 。

 

 

:こちらがどう思っていようが消費者の方には関係ないわけで「え、品切れなの?」という反応になるのは当然ですよね。でも、そこで「ないんです」って伝えた方がおもしろいなとも思っています。人って世の中に溢れていてすぐに買えるものより、なかなか手に入らないものの方が欲しくなったりしますから。戦略というよりこれで一杯一杯というだけですけどね (笑) 。でも期待に応えようとするあまり無理に大きくしようとは思いません。

 

 

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その時その時のベストであれば良いと思っています

 

 

ーー最後に、10年後にこういうお店になっていたいという目標があれば教えてください。

 

 

:今日を生きるのが精いっぱいなので分からないです (笑) 。1、2年前を振り返ってもこんなことをしていると思わなかったし毎日が未知の世界なので、あまり考えすぎるより今できることを一生懸命やろうという気持ちの方が大きいです。これからは熟成期間というか、より良いものを長く続けていくにはどうしたら良いかを考えていかなければならないとは思います。もちろんたくさんお客さんに来ていただければ良いなとは思っています。

 

 

ーーその時その時に全力でやられてきたからこそ説得力がありますね。

 

 

:職人さんはこの道60年なんて方でも「まだまだや」って言われるので、それに比べれば私はひよっこですよ。モノを作ることには終わりがないので日々の積み重ねが大切だと思います。

 

 

:僕はね、目標はないんですよ。具体像は特に考えていないです。今よりもすべてを良く楽しくしたい、面白いことをしたいという構想の結果が今に繋がっていると思うので、いかに面白く生きていけるか、それが全てですね。その時その時のベストであれば良いと思っています。

 

 

ーーありがとうございました!

 

 

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Profile

森下 優月
森下 優月
ライター1年生。春から社会人デビュー、のタイミングでなぜかアンテナに飛び込み、定期的に東京⇔京都間を往復する羽目に。

興味を持ったらだいたい片足 (のつま先ぐらい) を突っ込む感じでのらりくらり生きています。しぬまでには一芸を極めたいです。