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俺の人生、三種の神器 -齋藤紫乃 ②じかんどろぼう大発信編-

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▼俺の人生、三種の神器とは?

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

 

 

チーム「じかんどろぼう」

 

 

大学を卒業して、飲食店でアルバイトをしながら東京でダンスをしていた時、よく「実家が東京にあったら良いのになあ」と考えていた。そうしたら生活費を稼ぐために働く時間を、ダンスの練習なり有意義に使えるのにと思っていた。無難なアルバイトで生計を立てていくには、東京はちと冷たかったのだ。

 

 

機転を利かせて24歳で大阪に移り住み、黙々とアルバイトと練習の日々を送っていたとき、ストリートダンサーの集まる練習場所で1つ歳下の女の子”R”に出会った。芸大卒業後、彼女もアルバイトをしながら制作活動をしていて、クラブに一緒に遊びに行くうちに意気投合して、一緒にチームを作ろうという話になった。Rの友人の、2つ歳下だった”N”(彼女も大学卒業後、アルバイトをしながらダンスをしていた)も仲間に加えて、大阪北区でふらふら自由に生きていた女3人衆でチーム「じかんどろぼう」を結成した。

 

 

 

 

この3人でチームを結成できたことは何よりの幸運で、特にRとの出会いやその後始めることになるイベントのオーガナイズの経験が、私をよりクリエイターの世界に足を踏み込ませた大きなきっかけとなり、人生の転機となったのである。

 

 

「なんかイベントやってや」

 

 

私がアルバイトをしていた大阪のカフェは大通り沿いにあって、偶然にもチームメイトのRは2つ隣のドーナツ屋さんでアルバイトをしていた。
カフェの店長はハナレグミとファッションが好きな人情に熱い兄貴で、「やりたいこと一方が上手くいくんやなくてな、こうやってカフェの仕事も上手くできるようになれば、ダンスの方も上手くいくようになんねん」と、こってこての関西弁でいつも応援してくれていた。
そんな店長から、お店を使ってイベントをやりたいという話があった。「しの、なんかイベントやってや」と相談を受けてすぐに、私はRに声をかけてイベントの計画を立て始めた。

 

 

「私にしかできないイベントってなんだろう?」と考えを巡らせてみる。
そもそもなぜ私がカフェで働いていたかというと、人が好きだということと、友達を連れて行くことで自分の好きな人達同士がどんどんと繋がっていくことが嬉しくて、この場所での出会いが何かのきっかけになってくれれば良いなと思っていたからだ。おもしろい人にはおもしろい人が集まるの法則を信じているので、人の集まる場所で働きたかったし、そいういう場所を作りたかった。

そういえば周りのダンサーの友達には、ピアスを作ったりイラストを書いたり、創作活動をしている人がけっこういることにも気が付いた。いつもはイベントの時に出店するくらいで、自分でお店を持っているわけでもないので発信する機会がなかなか無いようだった。他にもシンガーやダンサーの私達表現者も、常に発信する場所を求めていた。それならば発信できる場所を作ろう!と、歌ありダンスあり物販ありごはんもお酒もありの私とRのイベント、その名も「じかんどろぼう大発信」を開催することにした。

 

 

お時間ちょうだい、じかんどろぼう!

 

 

 

 

イベントに出演する条件はただ1つ「発信したいか」ただそれだけ。見て欲しい自分の作品を売り、歌いたい人はライブをし、踊りたい人は踊る。出店料はいらない代わりにギャラも払わないけれど、自作のCDを自由に売って良いし、売り上げも全部自分で持って帰って良い。入場料はワンドリンク付きで¥1,000。あとはキャッシュオンでカフェの飲み物と食べ物を好きなだけ食べてくださいというシステムにした。それもこれも、自分のカフェだったし場所代はいらないと店長が言ってくれたから出来たことだった。

 

 

踊りや音楽、絵、言葉、書道、金属工芸、写真、映像など……身近にいる好きな作家に展示依頼をして開催した第1回目には50人もの人が来てくれて、無事に成功を収めた。友達がほとんどだったけど、通りすがりの人が入ってくれたり、お店を賑やかにするという目的は無事に果たすことができた。自分の好きな人達が繋がって、楽しい時間を過ごしている光景は本当に至福だった。

 

 

第2回目は店長が移転して自分のお店を持つということでその移転先の高架下のお店で開催し、第1回目にお客さんとして遊びに来たシンガーの子が出演してくれたり、別の友達がライブペイントをしたりして、前回からの繋がりと新しい出会いが心地良く生まれていった。
その後も定期的に4ヶ月に1度のペースで開催し、相棒のRが地元の石川に帰ってしまうまで、5回開催した。「日曜の午後、何もすることがなくて家でゆっくりするなら、カフェでコーヒーでも飲みながらちょっと良い休日を過ごしませんか?お時間ちょうだい、じかんどろぼう!」

 

 

 

 

 

手に武器がほしい

 

 

 

出店してくれたたくさんのクリエイターの仕事を見て、自分の手でモノを作ることができる素晴らしさに憧れを抱くようになった。そのときダンスも含め私の表現するものはすべて曖昧だなと感じていたし、ダンスを仕事にすることをなかなか具体化できないでいた時期だったので、何か私も手に武器がほしい!と思って、私は”デザイナー”を目指した。
ここからの行動は我ながら早くて立派だったのだが、デザイナーはパソコンのソフトを使うんだろうと思って半年間WEBデザインの専門学校に通ったら、コーディングの技術が身についてしまった。学校の先生にも、デザインはたくさん良いデザインを見て学ぶしかないよと教えられて、ああ半年間で身につくものじゃないんだなと悟った。

 

 

卒業後、しばらくフリーランスをしながらなけなしの技術を武器に小さい仕事を紹介してもらっていたけど、これじゃいかん!と勉強がてら今の会社にデザイナーアシスタントのアルバイトとして入社した。そこから紆余曲折あり今では正社員になってプロデューサーとPMの仕事をしているので本業はデザイナーではないのだが、デザインはコツコツと勉強を続けていて、たまに個人で仕事を受けたりするくらいにはなった。更に今はアンテナWEBサイトのリニューアルのデザインを担当中だったり、本意でなくてもあの時WEBデザインの勉強をしていて良かった。

 

 

学校に行って得た技術は大したものではなかったが、デザインについて、仕事について、人生について真剣に向き合った転換期であったことは確かだ。あのままダンスとアルバイトでまだ悶々としていたら、もっとスロースタートな人生になっていただろう。あの時決断してよかった、それもこれもRとの出会い、イベントを通してみんなとの出会いがあったからだ。月並みだけど、みんなありがとう。

 

 

そしてイベントを通して思った”手に武器がほしい”という気持ちはずっと変わらず、今新たに”書く”という武器を身につけようと、ひよっこながらアンテナでライターとして活動をしている。これからもおもしろい人生を過ごすために、自分の武器を磨いていきたい。

 

 

 

▼他の人の転機

 

堤大樹

①初めてのひとり旅

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②音楽

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山田和季

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②自己が無になった話

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岡安いつ美

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②SXSW

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②Final Fantasy 8

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小倉陽子

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②舞台に立つ

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川端安里人

①映画との出会い

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②真夜中

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則松弘二

①H君

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①池谷先生

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②表現の素

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稲本百合香

①GARNET CROW

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②Gulliver Get

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Dino

①Kさん

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②移住

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森下優月

①活字

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高石瑞希

①ノート

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②ケーブルテレビ

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齋藤紫乃

①ウォーターガールズ

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この記事を書いた人

齋藤 紫乃
齋藤 紫乃
ゆるくても、踊るライター。
北の大地で生まれ育ち、大学進学を機に埼玉→東京→大阪→京都と流れ着いて在京3年め。
いつでもドラマチックなはじまりを探しています。

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