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俺の人生、三種の神器 -山田和季① シンパシー-

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▼俺の人生、三種の神器とは?

 

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

 

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

 

 

 

そもそも人生、恥のかたまりでしかない。

 

 

 

そもそも「人生変わった」って思ったことがない。だって人生いっこしかないやん……とか思ってしまう頭悪めの人間です。自分の好きなものとか、こととかある程度自我が芽生えた頃からずっと固定されていて、自分はこういう人間なんだなっていうのがぼんやりと小さいころから分かっていた。悪く言えば、自己の概念をずっと覆すことができないでいる26年間である。なので私の自我が確立し始めた12歳 (遅) から今まで、定期的に思い返すことを告白しようかと思う。

 

 

多くの人が初めて「創作」として取り組むのって絵だと思うんですよね。創造力を育むものとして、積み木や砂遊びなんかを物心つく前から推奨されるけれども、その中で「お絵かき」って完全に異質じゃないですか。アンテナでも絵を描く人たちを「アーティスト」としてピックアップしますが、そもそも絵を描くという行為自体は多くの人にとって原初体験であるはず。かく言う私も今でこそ1mmも絵を描かないものの、記憶もないぐらいのちいさな頃から中学卒業ぐらいまでは毎日のように絵を描いていました。ただご留意いただきたいのは、俗に言う痛い系のヤツだったというところです

 

 

 

 顔も知らない女の子たちから教えてもらったこと。

 

 

 

時はインターネット時代。ダイヤル回線から光回線に切り替わり始めた2002年頃。私と同世代以上の方ならわかると思うのでいろいろ割愛するけどこの時「交流系サイト」っていうのが流行ってたんですよ。小学5年生、藤●基央くんにメロメロだった私はB●MP OF C●ICK●Nの交流サイトに入り浸っていて、そこは絵を描くのが好きな人が自然と集まってくるサイトだったんよ。その流れで仲良くなった顔もしらない女の子たちのことを今でも年に何回か思い出します。

 

 

まゆ子ちゃん

私が13歳のときに知り合った、このインターネットという闇深い海原で奇跡の大阪府同市内に住んでいた女の子。初めて会って遊んだときに「これカッコいいから!」といってNUMBER GIRL『SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT』と『SAPPUKEI』を渡して去っていったため、その後の影響度合いは計り知れない。丁度知り合った頃合いにギターを弾き始めたみたいで、よく「練習してるんだー」みたいな話を聞いていて、私の中で初めて出会った「ギターを持つ女の子」だったと思う。今でも一方的にtwitterアカウントを発掘してネトストしている。彼女は生活の一部として絵をまだ描き続けている。

 

NUMBER GIRL / School Girl Distortional Addict

そんな思い出も相まって圧倒的名盤。1曲目”タッチ”から5曲目”桜のダンス”までの流れが好きすぎてそこばっかリピートしていたせいで、世論的圧倒的名曲”透明少女”にたどり着くまでリアル1年ぐらいかかった。

 

 

 ②あや子ちゃん

私が14歳のときに知り合った結構年上のお姉さん。多分当時高校生だった気が。初めて会ってデートしたのが今は亡き、南港にあったベイサイドジェニーというライブハウス。ググったら2005年のロボピッチャー / Bacon / Plane / HIGH VOLTAGE / pop chocolat / 自由人という女子中学生と女子高生にしてはニッチすぎるラインナップ……。彼女自身も確か奈良寄りの京都に住んでる子で、この日のライブを思い出しては今の自分が京都に片足を据えていることを巡り合いのように感じる。彼女の消息は知らないです……。

 

HIGH VOLTAGE / UNDERGROUND

このライブをきっかけに中学生のときからずっと好き。現在までも受け継がれる札幌ロックの血が色濃い。2008年に解散となったが、2016年に再結成の意がtwitterにて発表される。Dr.の菱谷ビッツ昌弘は解散後HINTOでも活躍中。

 

 

たまちゃん

小5~6年ぐらいのときに知り合った九州の同じ年の女の子。音楽というよりは好きなマンガとかお互いの絵が好きだったりで中学生までずっと文通をしていた。高校以降は全然連絡もとっていなかったのだが、本当に数カ月前に突如謎のDMがきてたまちゃんであることが発覚!私の本名をググったらアンテナの記事がひっかかったそうな。ネトストばかりしていた私がついにネトストされる側になって歓喜。おそらく7~8年は音信不通だったのに蓋をあけてみれば彼女もゴリゴリのスマパンリスナーになってて笑った。会ったこともないのに私たちはやっぱり同じ空気を吸って育っていたんだなぁって感じた。1990年に別々の場所で生まれた女の子ふたりが全然関係ないもので交わって、その7年後に最初に交わした話題がスマパンですよ。世界は美しい。

 

 

 

だって現実世界はチバユウスケのこと「キモいおっさん」呼ばわりするんだもん。

 

 

 

他にも13歳ぐらいから似たような経緯で仲良くなった女の子と今もSNSで細々繋がっていたりして、時代に感謝するとともにやっぱり「多感な時代に同じものを共有する」という貴重な経験ができたからこそ、私たちは未だにお互いのことを忘れられないんだろうなと思う。だってあれだよ。ミッシェル・ガン・エレファントがt.A.T.uの代わりに完璧な穴埋めをする伝説のMステが放送された2003年、山田和季13歳。ドキドキしながら放送後に学校に行くわけですよ。

 

 

友達:「Mステ見た?!ヤバくなかった?!」

わい: (キターーー!!!!) 「めっちゃかっこ……!」

友達:「なんでt.A.T.uでぇへんの!あの代わりのおっさんなんなん!めっちゃキモくなかった?!」

わい: (ここはディストピアや)

 

 

そんな青春時代の中で自分のドキドキする気持ちとか、何かを好きな気持ちを解放できて、しかもそれを広げてくれる相手が遠くにでもいたということは、今の自分に影響は与えているよな~ってよく思い返します。文通でもらったMDとか未だに聞くときあるよ。少女プラシーボ出したころのメレンゲとか、まだライブdemoしか出してなかったgood dog happy menの音源とか、絶対知る余地なかったけど好きになったFARMSTAYとか、今も好きな邦楽バンドトップ5に入るSPORTSとか、全部13歳~14歳ぐらいのときに教えてもらったな~。あのときが間違いなく青春だったんだよなぁ。傍からみたらマジでひとりぼっちやったやろうけど。でも結局全部今に繋がっているんですよね。あのときのワクワクドキドキする気持ちっていうのが全てだったんだと思いながら、今もライブレポとか書くことが多いです。多分似たような経験している人は多いはず。

 

 

 

 結局「もう一人の自分」を探し続けているのかも。

 

 

 

とにかく、こういった思春期を13歳から今までずっと過ごしてきて、他人とシンパシーを分かち合えた瞬間っていうのは絶対に意識した方がいいという想いがめちゃめちゃ強くなった。些細なことでも「今この人と交わっている!共感覚!」っていう瞬間は本当に貴重だし、その瞬間を生み出せる相手のことは今後も含めて大切にしていきたいなって思っています。最近でこそとてもそういうのに恵まれているんですが、それこそ思春期のときは「自分がもう一人いたらこんな想いしなくていいのに」って毎日思ってました。うっ、黒歴史。でもそれもシンパシーというものを早熟に経験することができたからなんですよね。

 

 

ちなみにこの時代、私は狂ったようにベンジーとチバとアベと木下理樹のイラストを描いていました。さらそうと思っていたのですが酔いが醒めたのでやめます。さようなら。

 

 

 

 

▼他の人の転機

堤大樹

①初めてのひとり旅

http://kyoto-antenna.com/column/turning_point_tsutsumi_1/

 

山田和季

①シンパシー

http://kyoto-antenna.com/column/turning_point_kazoo_1/

 

岡安いつ美

①Peelander yellow

http://kyoto-antenna.com/column/turning_point_okayasu_1/

Profile

山田 和季
山田 和季
チーフエディター。 (頭が悪いから) 歯に衣着せぬ物言いで、最近は「めたくそライター」の肩書もGETしました。ふざけただらしのない文章を好みます。母の鳴く家というバンドで紅一点ギターを弾いていますが、わりと常にエロいことを考えています。

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