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誰かの頭を通したら Vol.3 -キャシー編 (3/3)-

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連載が始まって三回目、元my letterのDr.キャシーによるアート数珠繋ぎ企画。今回はキャシーの小説の第三章です。いよいよ小説の完結編。ついに目の前に現れた声の主。彼女はいったい何者なのか、主人公との関係は?彼女の目的は何なのか。衝撃のラストまで一気に読み進めてください。

 

 

 

一章、二章がまだの方は下記リンクより、読んでから第三章をお読みください。

 

『誰かの頭を通したら キャシー編』 (1/3)

 

『誰かの頭を通したら キャシー編』 (2/3)

 

 

 

第三章 (3/3)

 

 

 

 

「あなたをずっと見ていました。わたしの声が聞こえたでしょう?」

 

ああ、そういえば。時折聞こえていた囁きは、この人の声だったのか。

 

「あなただけではない。永く、ここで色々なものを見てきました。けれどここを訪れわたしと相見えたのは、あなたが初めてです。やはり直接「会う」というのはなんだか嬉しいものですね」

 

 彼女は楽しそうに、少しいたずらっぽい瞳でわたしを見ている。

 

恐ろしいほどに美しく穏やかだけれど、隙のない女性。

 

なぜ、わたしを知っているの。

 

彼女は、何者なの。

 

 「……あの、わたし」

 

尋ねたいことが沢山あった。

 

「森を抜けてすぐのところにある街から来ました。あの、この城は、何ですか?」

 

それから。

 

「あなたは、誰ですか?」

 

彼女は相変わらず微笑んでいる。静かに口を開いた。

 

「わたしは、あなた」

 

「え?」

 

わたしが聞き返すと、彼女はおかしそうに口元に手を当ててくすっと笑った。

 

「いいえ、ごめんなさい。わたしは、人々から『魔女』とよばれていた存在です」

 

「魔女?」

 

「でも、魔女だなんて言うと、ちょっと恐ろしい印象を持たれてしまうでしょうから……そうね、この城の『女王』くらいにしておきましょうか」

 

女王はそう言うと、わたしをまっすぐに見て、今までとは一味違った笑みを浮かべた。穏やかで優しいけれどそれだけじゃない、欲求とかあわれみとか諦めとか悲しみ、それらが全部一緒になったみたいな微笑み。わたしは少しだけ怖くなった。なんだか、彼女にすべて見透かされているような気持ちがしたから。

 

「あなたに、伝えるべきことがあります」

 

女王の顔が真剣な表情に変わる。彼女は落ち着いたトーンで話し始めた。

 

 

 

この場所のこと、わたしのこと、あなたには知ってもらわなければなりません。

 

まず初めにことわっておきますが、わたしはあなたに対して敵意は持っていません。そして、あらゆる人間たちに対してもそれは同じことです。わたしは誰も憎んでいない。誰も恨んではいませんし、何か良からぬことを企むつもりもありません。わたしはただわたしの思うところに従って行動しているだけです。

 

 ここはかつてわたしが住んでいた城です。先ほどあなたが開けた扉は、最上階のバルコニーへ通じる入口で、わたしがこの城の中でも一番長く時を過ごした大切な場所です。この城はとても美しかった。それがある日、人間の放った「時空兵器」によって、すべてを砂に変えられてしまいました。災厄のさなか、このバルコニーに逃れたわたしは考えたのです。どう、すべきか、二つの選択肢を。

 

 既にわたしは十分に生きましたし、さほどこの世界自体に執着はありませんでしたから、己も砂になって消滅してしまっても構わないとも考えました。これが、一つ目の選択肢です。

 

けれどその時、素敵なことに、もう一つ面白い考えが脳裏に浮かんだのです。そんな緊急時に「面白い考え」だなんて、我ながら笑ってしまいますが、緊急時だからこそ大胆なアイディアが浮かぶものなのかもしれません。どうせこのまま砂と化して消滅するのであれば、わたしにはやってみたいことがありました。そうして、この二つ目の選択肢を選ぶことに決めたのです。それは、わたしにしか出来ないこと。

 

 わたしは、検証したかったのです。

 

 実験台になりたかった。

 

 まだ誰も為し得ていない、実験台に。

 

 「身体を持たない意識」が、どのように存在しうるのかを。

 

 バルコニーが停止波に襲われる直前、わたしは己の意識を身体から引き剥がしました。残ったわたしの身体は、当然ながら城と同じように乾いた砂の造形に成り果てましたが、わたしの「意識」は、自らの身体の死をはっきりと感じ取ることが出来ました。意識は身体を離脱し中空に漂って、この悲しい城の成れの果てを見下ろしていたのです。

 

離脱前の予測では、わたしは今まで通りにどこへでも意識を飛ばし、他の人間やあらゆるものに同化し干渉することが出来るものだと考えていました。しかしこの希望的観測は、甘かったと言わざるを得ません。わたしの予測は外れていたのです。どんなに試してみても、他の実体に入り込むこともコントロールすることも、もはや出来ませんでした。それまでのわたしの構造はおそらく、あくまで身体側に己の本質があり、飛ばした意識は一時的にそのコピーを外部に存在させていたに過ぎない状態だったのでしょう。コピー自体が考えていた訳ではなく、コピーを通じて得た情報をオリジナルが処理していた。ところがわたしは身体を失い、わたしのオリジナルが死んだことで、コピーは考えることが出来ず「感じる」ことしか出来ない状態になってしまったのです。これは大きな誤算でした。なぜならば、わたしはありとあらゆる物事について、「考える」ことを何よりも望んでいたからです。とんだ失策。もはやわたしには、これが「絶望」というものかと、半ばぼんやりと感じることしか出来ませんでした。

 

 長い、長い時が過ぎました。

 

 何も思考出来ず、ただ見下ろしているだけの死んだ時間が。

 

 さらに難儀なことには、わたしの意識は消えて無くなることも出来ませんでした。

 

 身体なら、物理的に殺せばいい。けれど、意識だけになった存在はどうやったら殺せるのでしょう。前例のないことで、それは誰にもわからない。

 

 わたしの意識は腐るように退屈になって、ただぼんやりと城の上空に浮かんでいました。

 

 そのままどれくらいの時が経ったかしれません。数えきれないほどの季節が過ぎ、歴史を越え、世代を繰り返し、相も変わらず世界はゆっくりと回っている。そんな中で、ある時わたしはふと奇妙な感覚を覚えました。十数年前のことでしょうか。これまで過ごしてきた途方もない年月を考えれば、それは極めて最近の出来事です。なんだか、意識がぴりぴりするのです。何者かに肩を叩かれるような感覚でした。こんなことは数百年の間、他にありませんでした。

 

 目覚めろ、と、言われているような気がしました。

 

 まるで、誰かが怠惰なわたしを揺り起こそうとしているかのようです。

 

 わたしは生きながら死んでいるようなわたしの意識を奮い起こし、再び上空から世界を観察することにしました。

 

そうして、あなたを見つけたのです。

 

 あなたは、わたしの身体を持っています。

 

 あなたの身体は、わたしの身体です。

 

 あなたは、特別でした。

 

 「運命」だとか「生まれ変わり」だとか、そんなものは一切信じてはいませんし、そんな説明で納得できる訳もありません。わたしもこのことに関しては、これから十分に思考、検証すべきであると考えています。あなたが何者なのか。なぜわたしの身体を持っているのか。あぁ、けれど今はそんなことは些細なこと。わたしの身体が帰ってきたのです。説明など後でよろしい、これでわたしはまた「考える」ことができるのです。わたしの身体。身体がわたしを呼んでいるのです。

 

 あなたはまだ、未完成の状態です。あなたがこの城に吸い寄せられるように足を向けたのは、それがあなたの「完成」のために必要だったからです。これは、何の不思議でもない、ごく普通のこと。小鹿が自らの足で立ち上がるのと同じように、人間の子供が歳を重ねて大人になるのと同じように、あなたが成長する過程として当然のことです。だから、何も不安に思うことはありません。この過程を経て、あなたの身体はわたしの身体になり、あなたの意識はわたしの意識と統合されます。よくわからないかしら。そうね、言うなれば、意識がアップデートされるようなものです。より高度な状態に更新されるようなもの。何も遜色はなく、不利益もなく、拒む理由もありません。

 

ねぇ、それなのにどうしてあなたはそんなにわたしを怖がっているの?

 

 怖い。怖い。怖い。

 

 わたしはどうなってしまうの?

 

 わたしの身体はわたしのものよ。

 

 あなたのものじゃない。

 

 嫌だ。

 

 入ってこないで。

 

 わたしを壊さないで。

 

 わたしはあなたじゃない。

 

 わたしを乗っ取らないで。

 

 こないで。お願い。怖い。

 

 初めにことわっておきましたね、あなたに敵意はないと。

 

 わたしを奪わないで。

 

 奪うのではありません。あなたは完成されるのよ。

 

 わたしはこのままでいい。

 

 あなたはわかっていないのです。

 

 わからない。

 

 怯えるのも無理はないかもしれません。人間は変化を恐れます。けれど、変化しないことの方が、もっと恐ろしいと思いませんか?

 

 意味がわからない。嫌だ。こないで。

 

 あなたはもっと自由になり、もっと考えることが出来るようになり、もっと沢山のことを実現出来るようになるのです。

 

 怖い。

 

 さぁ、もう逃げても仕方ありません。「あなたの」時間はここまでです。

 

 嫌よ。

 

 怖がるあなたは可哀そうだけれど、わたしは謝りません。

 

 やめて。

 

 いいかしら、次に目を開けた時に、見えているものが真実です。

 

 助けて。

 

 振り返らないで。どうか真実を愛して。目覚めるのよ。さん、に、いち。

 

 

 

 目の前にあったのは、白い女王の砂像だった。

 

 砂像はまるでわたしを抱き寄せようとするかのように両手を伸ばした姿のままで、わたしの視界を遮り、そのまま微動だにしなかった。ゆっくりと首を上げて、女王の顔を見上げる。女王はわたしを見下ろして微笑んでいた。優しい、愛しそうな表情で。わたしは、わたしの中に、全ての理解が入り込んできたような気がした。

 

 次に目を開けた時に、見えているものが真実です。

 

 わたしは女王をぎゅっと抱きしめた。砂像は、わたしの腕が力を込めた胸のあたりから、ざくりと崩れ落ちる。拍子抜けするくらいにあっさりと。足元には一瞬にして、女王一人分の体積の白い砂山が出来てしまった。もう、元には戻せない。

 

 バルコニーは見晴らしが良く、眼下には青い湖と緑の森が広がっていた。小鳥の囀りと、滝の音がかすかに聴こえてくる。今日はとても天気が良い。日差しが眩しくて思わず目を細めてしまう。扉の傍の庇の下には、砂で出来たデッキチェアと小さなテーブルがあった。テーブルの上にはティーカップが乗っている。繊細な曲線で出来たかわいらしいカップだ。懐かしい。壊してしまうのは勿体ないから、触らずそのままにしておこう。

 

 わたしは扉を開けてバルコニーを後にし、階段をまっすぐ下へと降りて行った。視界に入るすべての白い砂の造形たち。かつて色鮮やかに城を飾った沢山の物どもすべてに、わたしは別れを告げていった。さよなら、さよなら、もう二度とここへ来ることはないでしょう。四階、三階、二階、一階と一つ階段を降りるごとに、置き去りにした階がさらさらと崩れ落ちていくような気がする。それでも後ろを振り返ることはしない。わたしはこの城を出る。ここにはもう今のわたしに必要なものは何も無い。ここは過去になってしまったから。わたしは、この城を置いていく。砂のエントランス。大きな入口の扉。これを開ければ、それがすべての終わりで、すべての始まりになる。わたしは扉に手をかけて、失ったすべてのものを再び手繰り寄せるように、力いっぱいに取っ手を引いた。

 

 

 

さようなら、わたし。

 

 

 

「あら、お帰りなさい。どこへ行っていたの」

 

 「ただいま。ちょっと隣の町まで遊びに行っていたの。面白い見世物が来ていたから」

 

 「そう。良かったわね。すぐに夕食にするわよ」

 

 「はぁい」

 

 さて、何から考えようかしら。

 

 悲しみの数学的証明、人間の原動力となりうる永久機関、その続きでもいい。

 

 わたしがどこから来たのか、なぜわたしは他の人間と違うのか。その存在を解き明かすのでもいい。わたしが何者で、なぜわたしの身体を持っているのか。つい最近、そんなことを考えかけたような気がする。誰かにその話をしたような気も。

 

 また昔のように、他の人間や様々なものたちに意識を同調してもいいけれど、でも、そんなことをしてもつまらないかもしれない。わたしの意識に追いつける存在は他にいないから。わたしはわたしの意識のままでいた方が、自由で有能でずっと沢山のことを思考出来る。それに、人間を下手に刺激するのは面倒だ。そのことは痛いほどに、十分、理解したつもり。

 

 いつかまたわたしも「魔女」と呼ばれて、人間の社会から切り離される時が来るのかしら。そうしたらまた、新たな城に一人で生き延びて、またバルコニーで紅茶を飲みながら物思いに耽るのかもしれない。そうしてまた、いつか砂にされたりして。それでもいいような気持ちと、それだけは勘弁してほしい気持ちとが入り混じっている。不思議だ。これは、どちらの意識だろう。

 

どちら?

 

なんだろう、それ。

 

まるで意識が二つあるような物言い。

 

わたしは何を変なことを考えているのだろう。

 

わたしはわたしでしかないのに。

 

ふふ、おかしいの。

 

まぁいいでしょう。考える時間はこれから沢山あるのだから。

 

とりあえず、今は食事を頂きましょうか。

 

あれ、そう言えば、わたし、ハンカチをどこへやったのかしら。

 

困ったわ、手が拭けないじゃない。

 

変ね。

 

 

 

Profile

キャシー
キャシー
Twitter:@cathyletter
京都発アートパンクバンド、my letterの元ドラマー。
現在は1リスナーとしてのんびりバンド界隈を眺める傍ら、ゆーきゃんバンドではサポートでサックスを吹くことも。
文章を書くのが好きで、学生時代に得意だった科目はもちろん国語。でも本当はずっと理系に憧れている。
いつも論理的・客観的でありたいなァ。

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