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誰かの頭を通したら Vol.2 -キャシー編 (2/3)-

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前回から始まったmy letterの元Dr.キャシーのアートの数珠繋ぎ新企画。今回はキャシーの小説の第二章です。ついにたどり着いた城は一体誰の城なのか?主人公に聞こえた声の正体は?新たな展開とラストへの期待感が止まらない第二章、最後まで楽しんでください!

 

 

前回の小説がまだの方はぜひ下のリンクの第一章から読み進めてください。

 

『誰かの頭を通したら キャシー編 (1/3)』

 

 

 

第二章(2/3)

 

不安感と好奇心とがせめぎ合ったけれど、結局わたしは扉をくぐって中に入った。もう一度辺りを見渡してから、奥の螺旋階段を上ることにした。一段ずつ上るたびにわずかに砂埃が舞って、足元からは滑る砂の感触が伝わってくる。この現実を確かめるために、わざと少し靴底を擦るようにして歩いた。どうして、すべてが砂で出来ているの。そんなことって、あるかしら。誰かがかつて何かしらの目的で、途方もない労力をかけて、この見事な砂の造形を作り上げたのか。でも、だったらどうして、ここまで素晴らしい作品を手放したのかしら。そしてなぜ、こんなにも美しいまま残っているのかしら。一切の劣化もせず、手も触れられずに、まるで初めからこうだったような、完全な保存状態。わからない。この城は、一体何なのだろう。現実からは、かけ離れているわ。どれだけ見上げても、白以外の色は見当たらない。

 

 

 

……はずだった。

 

その時わたしは目を疑った。息が止まる。それは突然やってきた。まばたきをしたその一瞬だけ、目の前に色とりどりの景色が広がった。驚いた次の瞬間には、視界はまた真っ白の砂の城に戻っていた。思考が停止する。階段を上る足を止めた。恐る恐る、ゆっくりと息を吸い、まばたきをする。何だろう、今の。驚くほど鮮やかで、閃光のような。

 

 

 

ううん、なんてことはない、きっと見間違い。ほら、何もかも白い。気のせいよ。そもそもこんな真っ白な世界自体が幻みたいなもので、見慣れない異常な風景なんだから。きっと脳が瞬間的に混乱したの。大丈夫、怖がることはない。思えば、おかしなことじゃない?本来なら色のある世界が普通なのに、色を怖がるなんて。そう、大丈夫、落ち着いて、わたし。

 

 

 

深呼吸。

 

わたしは再び階段を上り始める。

 

一歩、二歩。

 

まばたき。

 

途端にまた、一瞬の鮮やかな衝撃。

 

見間違いじゃない。

 

もう一歩進む。

 

まばたき。

 

色の閃光。

 

だめ。

 

間違いなく何かが起こっている。

 

何か、良くないことが。

 

目を閉じる。

 

恐怖。

 

 

 

(恐怖?)

 

(大丈夫、何も怖くありませんよ。)

 

(あなたが見ているのは、かつての現実。)

 

(何も、恐れることはありません。)

 

…そうなの?

 

(ええ。だから目を開けて。そのまま、階段を上っていらっしゃい。)

 

 

 

ゆっくりと目を開けた時には、見えている風景は色鮮やかに様変わりしていた。天井から下げられているシャンデリアには明かりが灯り、この城の真の姿をくっきりと浮かび上がらせている。アイボリーの天井、床はつややかなブラウンの木目に、ベルベットレッドの絨毯。階段は手摺が光沢を放つ上質な木で出来ており、上った先の二階の正面には金色の大きな振り子時計が掛けられていた。文字盤には、繊細なフォントで記されたローマ数字。時計の針は九時を少し過ぎたところで止まっていて、振り子も不自然に上がったままの位置で動かなくなっていた。手前のカウンターの壺は青磁の美しい模様を描き、隣には赤い薔薇が添えられている。広げた花びらの一枚がもうすぐ落ちそうだ。さらに左手奥には小さなステージがあって、周りより一段だけ高くなった舞台の上にはグランドピアノが設置されていた。つい先ほどまで誰かがそこに座って演奏をしていたかのように、正面には譜面が開いたままで置かれている。鍵盤の上には埃ひとつ落ちていない。ステージ脇のテーブルには、ヴァイオリンケースが立て掛けられている。

 

 

 

鮮やかだ。

 

輝かしい。

 

そして、「懐かしい」。

 

そうだ。

 

わたしはここでひとり、静かで満たされた時間を過ごしてきた。ずっと。

 

 

 

わたしは、隔離されこの城に籠っていたが、決して不満だったわけではない。むしろ、他人にも外界のいざこざにも煩わされることがなく、とても幸せだった。静かに時間が流れていくこと、自由にものを考えていられること、それだけで十分だった。わたしは、他の人間たちとは違う。わたしにとって普通だと思っていたことが、どうやら他の人間には出来ないようだ。わたしが普通の人間ではないらしいということに気付いた時、人はわたしを「魔女」と呼び恐れた。どうということはない、わたしは少しばかり思考が自由で、己の「意識」を己の身体とは別の場所に存在させることが出来たというだけ。己の意識の在り処を、別の実体に重ねることで、少しばかりその実体の真理を眺めることが出来たというだけ。だからといってわたしは別に、他の人間に対して優越感に浸ることもなければ、肩身の狭い思いをすることもなかった。例えるなら、犬と猫が違うのと同じ。違うものは、違うのだ。それだけのこと。

 

 

 

わたしは、城の最上階にあるバルコニーで考えごとをするのが好きだった。バルコニーには手前の半分にだけ庇がついていて、そこにデッキチェアと小振りのテーブルをひとつ置いて、いつもぼんやりと座っていた。そこから見える風景はこの城の一番の宝だ。エメラルドブルーの湖、深く濃い森のグリーン。かすかに聴こえる滝の落ちる音、囀る鳥の声、髪をかすめていく風、たまに、雨の匂い。

 

 

 

この城には誰も訪れてこない。わたしに用事のある人間など存在しないからだ。そしてわたしもここに誰かを呼び寄せることなどない。だから、あの朝は、少しおかしいなと思った。

 

 

 

毎朝、目が覚めるとわたしは紅茶を淹れる。わたしの寝室は四階にある。夕食を作るキッチンは二階にあるのだが、お湯を沸かして紅茶を淹れる程度なら自室でも出来る。ティーパックもそこに常備してあって、わたしはそこで用意したストレートティーを持ってひとつ上の階のバルコニーに上がり、デッキチェアに座りながら飲むのが日課だった。

 

 

 

いつものように紅茶を飲んでいると、城のふもとをなにか黒い影が走ったように見えた。人の気配を感じてとっさに注意を向けたものの、もうその姿は見えなくなっていて、さしずめ森に住む獣か何かだろうとさして気には留めなかった。わたしはゆっくりと紅茶を飲む。とてもとてもゆっくりと、少しずつ。一口飲むごとにひとつ、ものを考える。その日は確か、悲しみの数学的証明とその量的流動則についてだとか、人間活動の原動力となりうる永久機関の設計だとか、そんなことを考えていたように思う。ああ、そういえばまだその時の考えがまとまっていないままだった。いずれ、続きを考えなくては。うん、それはともかく、そう、その日は皮肉にも、人間のことを考えていたのだった。

 

午前、九時。

 

それは突然やってきた。

 

 

 

予測できなかったわけではない。わたしの能力をもってすれば、やろうと思えば前もってそれを予測し避けることが出来た筈だ。この城にいながらにして、己の意識を外界に飛ばし、人間たちが何をしようと企んでいるのかを監視することはわたしにとってたやすいこと。そうすべきだったのかもしれない。ただ、当時のわたしは、人間が何を企てようと、わたしをどう思っていようと、そんなことはどうでもよかった。監視などする時間が惜しかったし、何をされても構わないと思っていた。

 

人間はその代物を、「時空兵器」と呼んでいたらしい。

 

今朝の黒い影は実行犯だった。災厄のトリガー。何ならば、彼のことを勇気のある猛者だと称えるべきかもしれない。城のふもとに仕掛けられた時空兵器は、予め定められた時刻、午前九時になった瞬間に、その周囲1キロメートルを包囲する時力境界を張った。そして、強力な物質停止波を発生させた。停止波はまるで水槽に少しずつ注がれる水のように、境界の底面から平行に、上部へ向かってせりあがってくる。停止波を受けた物質は有機物・無機物にかかわらずその実体が一瞬にして風化する。つまり、一部の例外を除き、すべての物体は砂化すると考えてよい。

 

 

 

気付いた時にはもう遅かった。床、絨毯、内壁、ソファと椅子、テーブル、花瓶、グランドピアノ、階段。一階から、どんどん上へ向かって砂化が進む。足元から少しずつ、この城は砂と化していった。その勢いは非情なまでに淡々と上ってくる。わたしのいる最上階のバルコニーへ向けて、まっすぐに。城全体を時力境界によって封じ込められているため、外部へ逃れることはできない。そうでなくとも、ここは五階だ。逃れようと思ったら、下階へ降りるしかない。そんなことをすれば、みすみす砂嵐の中に飛び込んでいく自殺行為だ。現在、九時一分。すでに一階は全滅。このバルコニーに辿り着くまで、あと三分強といったところ。

 

 

 

ふふ、おかしいの。

 

 

 

危機が迫りくる中、わたしはもうあまり焦っていない。

 

人間は、隔離してなお、このわたしを恐れたのだろう。

 

当然かもしれない。わたしは、どこへでも自由に意識を飛ばせる化け物なのだから。いつだって人間のそばに潜んで真意を探り、裏側で操り、人間を意のままに操ることが出来る。この脅威を取り除くには、魔女の存在自体を滅ぼすしか手立てはないと。

 

 

 

愚かなこと。わたしが、そんなくだらないことをすると思ったのだろうか。

 

 

 

二階にも砂の猛威が迫る。昼食にと用意しておいたキッチンの果物はすでに化石のようだ。こんなことなら、朝食に一緒にオレンジを食べておくのだった。今わたしの手元には、すっかり冷え切った紅茶がわずかに残っているだけ。さて、どうしたものか。こうしている間にも、停止波は三階に迫り、四階を越え、最上階のバルコニーまでやってくる。誰もいない階下から、お気に入りの家具たちの悲鳴が聞こえるような気がした。

 

 

 

わたしには、ふたつの選択肢がある。

 

もう、それしか残されていない。

 

停止波が到達するまであと三十秒。

 

わたしは、口元だけでかすかに笑いながら、目を閉じた。

 

 

 

気が付いたら、わたしは螺旋階段を上り切っていた。目の前には扉がある。城の入口ほどではないけれど、大きな扉。わたししか開けない特別な扉だ。その先は最上階で、広いバルコニーがある。湖と森を一望できる素晴らしい眺め。そこはわたしがずっと大好きだった場所で、何時間も思考にふけっていたところ。

 

 

 

わたしが?

 

 

 

扉の取っ手に手を触れる。一旦、静止。

 

初めて開けるはずなのに、わたしはこの扉の先にあるものを知っている気がしていた。どれくらいの広さの空間が広がっているのか。そこから何が見えるのか。これは想像じゃない、くっきりと、記憶の中に存在するイメージ。頭の中のスクリーンに像が結ばれる。バルコニーのデッキチェアは無事かしら。下の階の家具たちと同じように、真っ白の砂になっていやしないかな。あの、きれいな木製のデッキチェア。

 

 

 

……どうして?

 

わたし、どうしてそこに何があるのか知っているの?

 

おかしいよ。

 

わたし、前にここに来たことなんてあった?

 

わからない。無かったとは言い切れないけれど。

 

ひょっとしたら、まだ小さいころに来たことがあるのかもしれない。

 

それで記憶が残っているのかもしれない。

 

そうなの?

 

なんだか頭がくらくらするわ。

 

これは記憶?

 

ほんとうに?

 

 

 

扉は見上げるほどの大きさで、さすがに重い。両開きの入口を完全に開けるのはとても大変だし、ましてわたしひとりが通過するだけなら、そんな必要もない。わたしは右側の取っ手を右手でつかんで肘を付け、そのまま肩から寄りかかるようにして自分の体重を掛けた。動きは重いけれど、何かにつっかえる様子もなく、スローモーションみたいにゆるやかに扉の片方が開く。

 

 

 

まぶしい。

 

目を細めて前方をにらむ。

 

ここは、城の最上階。

 

バルコニーに、デッキチェアが置かれているはず。

 

けれど、目の前にはデッキチェアなど見当たらない。

 

それどころか、そう、何もない。

 

すべて、白い。

 

しかも、今まで見てきた砂の世界とは、また違った白だった。

 

砂すらも、ない。

 

驚いた。これは、現実じゃない。これは、夢?

 

 

 

呼吸は出来ているから、少なくとも空気は存在しているみたいだ。目は開いているけれど、視界はただひたすらに真っ白で距離感も何も感じられなくて、だからこの風景が本当に「見えて」いるものなのかどうかはわからない。もしかしたら、脳が見えていると錯覚しているだけの幻かもしれない。そんな視界の中で、唯一自分の姿だけが気持ち悪いくらいに色を持っている。履いてきた丈夫な赤いスニーカー、そこから伸びている足の肌色。もちろん、立っている地面も不安なほどに白一色で、まるで浮かんでいるような心地がする。足元が落ち着かない。

 

 

 

うつむいていた視線を再び前へと向けた。そこには、空も雲も森も湖もない。建物と空間の境界もない。気付かないうちに、わたしという人間は死んだのかなと思う。死後の世界なんてものが存在するのかどうかはわからないけど、もしあるとしたらこんな感じなんじゃないかな。行き場がなくなって、周囲から何もかもが消えてしまって、そのうち自分も白に紛れて消えていくのかもしれない。

 

 

 

そんなことをぼんやりと考えていたら、ふと、目線のちょうどまっすぐ先に小さな黒い点が見えることに気付いた。わたしははっとして目を見開いて、呼吸も忘れて見とれていた。どうやらその点は少しずつこちらに近づいてきているみたいだ。点は徐々に大きくなっていって、それが点ではなく動く影だとわかり、だんだんと輪郭を捉えられるようになってきた。こっちに向かって歩いてくる、人間だ。

 

 

 

それは女の人の姿だった。黒くて長いドレスを着ている。足元まである裾がさらさらと綺麗なドレープを作って、歩くたびにしなやかに揺れる。髪は黒くて長くてとても柔らかそうで、ドレスの裾よりももっと美しい。彼女の歩き方はお手本みたいに完璧だった。すごくゆっくりした速度だけれど確実な歩みで、手足の動きは小さくて無駄がなく、空気抵抗が最小に抑えられてる感じがする。顔はまっすぐこっちを見据えているけれど、表情は読み取れない。わたしはついその姿にぼうっと見とれてしまって、気が付いた時には彼女はわたしの目の前、声が届くところにまで辿り着いていた。彼女が立ち止まる。

 

 

 

「よく、ここへ来ましたね」

 

 

 

彼女は落ち着いたトーンで言った。少しだけ表情に笑みが浮かぶ。聞いたことのある声。わたしは、身体中の細胞が緊張してざわっと身構えるのを感じていた。

 

 

 

(続く)

 

 

Profile

キャシー
キャシー
Twitter:@cathyletter
京都発アートパンクバンド、my letterの元ドラマー。
現在は1リスナーとしてのんびりバンド界隈を眺める傍ら、ゆーきゃんバンドではサポートでサックスを吹くことも。
文章を書くのが好きで、学生時代に得意だった科目はもちろん国語。でも本当はずっと理系に憧れている。
いつも論理的・客観的でありたいなァ。

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