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誰かの頭を通したら Vol.1 -キャシー編 (1/3)-

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現在もマイペースながら着実にファンを増やし続け、大型フェスにも登場するようになった京都が誇るバンド、my letter。惜しまれつつも昨年のボロフェスタにてバンドを退いたドラムのキャシーが今回の新企画の発起人である。ミュージシャンとしてではない新たな一面を今回は見せてくれます。

 

 

 

 

そもそもクリエイターやアーティストというのは、普段の生活、もともとの自分だけではなく、見たもの感じたもの、他のアートなんかも全てひっくるめて自分というフィルターを通して具現化をしている。そんなクリエイターのいわば翻訳ともいえる活動の一部、そして繋がり方を見ていただくことで、皆さまにも創作の面白さを知っていただきたい、という事で始まりました。

 

 

 

まずはキャシーがクラシック音楽を聴いて、そこから感じたものを思うままに小説に落とし込む。そこから別のアーティストにその小説を読んでいただき、さらに別のアートを創作。そしてその別のアートが、また別のアートを生んでいく……。このアートの数珠繋ぎ企画、最初のクラシック音楽から「だれかの頭を通したら」、どんなアートが生まれていくのでしょうか。

 

 

 

キャシー

cathy_prof

 

Twitter:@cathyletter

京都発アートパンクバンド、my letterの元ドラマー。

現在は1リスナーとしてのんびりバンド界隈を眺める傍ら、ゆーきゃんバンドではサポートでサックスを吹くことも。

文章を書くのが好きで、学生時代に得意だった科目はもちろん国語。でも本当はずっと理系に憧れている。

いつも論理的・客観的でありたいなァ。

 

 

 

 

 

今回キャシーが選んだのはブラームス作曲 『ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83 第1楽章 Allegro non troppo』あなたはこの曲からどんなイメージを浮かべますか?キャシーの作品からクリエイターの頭の中を少しでも覗けたら、こんなに楽しい事はないでしょう。

 

 

 

ブラームス 『ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83 第1楽章 Allegro non troppo』

 

 

 

第一章 (1/3)

 

 

 

 目を覚まして。

 

 ほら、帰ってきた。

 

 わたしよ。

 

 起きて。

 

 

 

物心ついた頃から聞かされていた、街の向こうに見えるあの森の奥には大きな湖があって、その向こうに恐ろしく朽ち果てた廃城があるという噂。実際に見てきた人がいるわけではないらしいのだけれど、なぜだか自然と街の皆が抗えずにいる、この辺りに広まる言い伝え。

 

 

 

わたしは、どうしてもあの森に行きたかった。どうしてだろう、気になってしかたなくて、幼いころからずっと機会を窺っていたのだ。

 

 

 

母さんは絶対に許してくれなかった。

 

 

 

「あの森は危険だから近づいては駄目よ」

 

 

 

「どうして。大丈夫よ」

 

 

 

「駄目なものは駄目なの。いいから家で大人しくしていなさい」

 

 

 

 

森へ行くのは危険だから。皆いつも口を揃えてそう言うけれど、わたしはもう一人でどこへでも行けるし思慮分別もつく。そもそも、一体何が危険だというんだろう。母も他の大人たちも、わたしのことを子供扱いしすぎなのだ。

 

 

 

「どうして、そんなにあの森に行きたいのよ」

 

 

 

母さんはたまに、いらいらした様子でわたしに聞いた。

 

 

 

理由はわたしにもよくわからない。別にどうしても城を見てみたかったわけでも、この目で噂の真偽を確かめたかったわけでもなくて、本当にただ何となく、気付いたらこの森に心を惹きつけられていたのだ。

 

 

 

昨日から母さんは家にいない。ここから列車で1時間ほどのところにある、叔母さんの家に泊まっている。叔母さんが体調を崩して寝込んでおり、母さんがその介抱と、まだ小さい叔母さんの息子の世話を引き受けているのだ。おそらく今日も夕方ごろまで帰ってこないだろう。母さんがいないことで、わたしは昨晩から何だか開放的な気分になっていて、そう、森へ行くなら今日しかないと思っていた。

 

 

 

早起きをしていそいそと家を出る。いざ来てみたら、森は暗くてひんやりしていて、濃い緑の木々が生い茂っており、やっぱり少しばかり不気味だ。風で枝が擦れる音がする。時折、奥のほうから高く鳴く鳥の声も聞こえてきた。そうかと思えば、ふいに訪れる刺すような静寂。確かに、少し怖いかもしれない。でも、それはわたしに敵意をむけるような怖さではなかった。この怖さは、未知の土地に踏み込む緊張と不安であって、別にこの森そのものが危険だという感じはしなかった。

 

 

 

一歩踏み出すたびに、足元の草や落ちている枝が音を立てる。丈夫な靴を履いてきて良かった。地面は少しやわらかくて、水分をたくさん含んでいる感じがする。時間はまだ早朝。一日は長いのだから、きっと湖の向こうまで行って再び来た道を戻る時間は十分にあるはず。さほど興味は無かったけれど、せっかくここまで来たのだから、城を見て帰りたい。

 

 

 

どれくらい、歩いたかしら。三時間くらい経ったかもしれない。「危険な森」と言われていた割には、一応、人が歩ける小道が作られていて、わたしは安心して先へ進んでこられた。でもさすがに奥に行けば行くほど森は暗くなるし、木々がざわざわ言う音も大きくなる。それに、途中で川を越えるところは少しやっかいだった。初めは無理やり突っ切って渡ろうと考えたけれど、流れが思ったより急だったから、道を外れて遠回りして、川幅が細くなっているところで川の真ん中にある岩を飛び移って何とか渡った。ほんと、大変。帰りにもここを通れるように、近くの枝に持っていたハンカチを縛っておいた。後で回収しなくっちゃ。

 

 

 

ふふ、何だか、楽しくなってきた。ちょっとした冒険のようね。

 

 

 

ふと、どこからか水の音が聞こえることに気付いた。今までの川の流れる音とは違う、ざあざあと、高いところから水が流れ落ちる音。わたしは耳を澄ませて、音のするほうへと慎重に歩きだした。だんだん音は大きくなってくる。道がしだいに細くなってきて、それが今にも途切れてしまいそうになった時、見上げた目の前に、立ちはだかるように折り重なる長い枝の壁が現れた。葉をたくさんつけて視界を遮っているけれど、水音は明らかにこの木々の向こうから聞こえてくる。なんとかこの先へ抜けよう。わたしは両腕で枝を抑え葉を押しのけながら、緑の壁を少しずつ越えていく。もっと、もっと。あぁうざったいわね、もう少し。もうすぐ、やっと。

 

 

 

視界が開けた。枝葉に遮られていた日の光が、一気にわたしの頭上に降り注いでくる。

 

 

 

まぶしい。

 

 

 

そこに広がっていたのは、大きな大きな湖だった。まじりけのない深いブルーで、水面は太陽の光を反射してきらきらと輝くガラスのようだ。向かって右手の端には滝があって、ここから音が聞こえていたのだとわかる。滝の流れ落ちる水面にはまあるい波紋が広がっていて、それによって湖全体がかすかに揺れていた。森の木々は湖を取り囲む壁のようにぐるりと立ち並んでおり、まるで結界を張ったかのよう。強い魔力を秘めていそうな、その結界の一か所、わたしの立っているところからちょうど向かい側のあたりだけ、森がぽっかりと口を開けている。その木々の隙間に、まぶしいほど白い何かが見えた。

 

 

 

壁だ。

 

 

 

胸が高鳴る。きっと、あれが城だわ。なんてこと。廃城なんて嘘っぱちじゃない。なんて美しいの。緑色と青色で埋め尽くされた世界に突然現れた、幻想的な白色。真珠のような、夜の月のような。

 

 

 

わたしは吸い寄せられるように走った。湖の周囲は平坦で木々もそれほど近くまで迫ってきてはいないし、足元に障害も少なかった。ここまでの疲れを忘れてただ夢中に向こう岸を目指して走る。さほど城には興味がない、だなんて、一体誰がそんなこと言ったのよ。なんて愚かなわたし。息をのむような感激、誘惑、刺激。惹きつけられずにはいられないわ。とても。

 

 

 

緑の木々の門をくぐり抜けるころには、見上げる視線の先に美しい城がそびえ立っていた。確かに歴史を感じる立派なつくりだけれど、不思議と古さは感じない。それどころか、むしろ近未来の建物のようにすら思える。その外壁があまりにも突き抜けるように白く、一点の穢れもなかったから。信じられなかった。夢のようで、触れたら壊れてしまいそうだった。

 

 

 

城の周囲をひと通り見渡してから正面に戻り、扉の前に立った。威厳のある大きな扉だ。白い壁はそこだけアーチ状になっていて、強度を増す為に周りよりも一層厚いつくりになっている。アーチに沿って品の良い幾何学模様の彫刻があしらわれていた。扉自体は密度がぎゅっと詰まった重そうな木で出来ていて、色はほとんど黒に近い濃いブラウン。真っ白の壁とのコントラストが美しい。まるで埋め込まれたかのようにぴったりと入口を閉ざしており、きっと少しの隙間風も通さないだろう。ちょうどわたしの肩の高さくらいのところに鉄製の取っ手がついている。

 

 

 

さすがにこれは開かないかもしれないな、と思いながらも、とりあえずものは試しに軽く押してみると、扉は拍子抜けするほど滑らかに開いた。まるで、招待客を迎え入れるように。

 

 

 

扉の先にあるものを見て、わたしは思わず息をのんだ。

 

 

 

それは、一面の砂の世界。外壁と同じ、まじりけのない真っ白な色の、砂。粒はとても細かくて、乾いてさらさらしている。床も階段も手すりも、置かれた家具や道具類も、すべて白い砂で覆われていた。いや、よく目を凝らして見ると、どうやらそうではない。砂で覆われているのではなくて、そこにあるものがすべて砂で「出来て」いるかのよう。触れてみると、表面だけがさらさらとこぼれ落ちる。

 

 

 

「なによ、これ」

 

 

 

言葉では言い表せない。想像をはるかに超えていた。しばらく茫然として辺りを見渡す。目の前のフロントロビーはとても広く、左手にはソファスペースが、右手には小さなカウンターがあって、その上には綺麗な壺と一輪の造花があった。ロビーの奥には二階へ上る大きな螺旋階段があって、このフロアの中では一番豪華なつくりだ。その手すりの柱の一本一本、装飾の細部まで、すべてが砂。めまいがするほど、すべてが、砂。砂。

 

 

 

わたしはなんとか我に返って、視線の先にある階段を見上げる。外から見た限り、この城はかなりの高さがあった。おそらく四階くらいまではあるのではないか。

 

 

 

どうしよう。

 

 

 

このまま足を踏み入れずに引き返そうかという考えが頭をよぎった。これより先に進んでは、いけないんじゃないか。

 

 

 

(どうして?)

 

 

 

わからないわ。はっきりした理由はないけど、なんだか危険な気がする。

 

 

 

(「危険」、あなたの母親が言うのと、同じ言葉ね。)

 

 

 

そうだ、わたし、母さんと同じこと言ってる。

 

 

 

(ここに至るまでの森や湖は、危険でした?)

 

 

 

ううん。とっても素敵だった。

 

 

 

(そうでしょう。だったら、いらっしゃい。)

 

 

 

続く

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いつも論理的・客観的でありたいなァ。

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