REPORT

“当たり前”を違う角度から見るとどうなるのか? – OKAZAKI LOOPS 2017『CALM -NIGHT LIBRARY LIVE-』 @ 京都府立図書館 2017.06.10

2017.08.21

岡安 いつ美岡安 いつ美

ひんやりとした室内、古い紙のにおい。私は図書館が大好きだ。

 

この記事は去る6/10(土)、京都府立図書館で行われたOKAZAKI LOOPS 2017『CALM -NIGHT LIBRARY LIVE-』のレポート記事である。自分を形成した要素ともいえる「図書館」と「ライブ」の融合という、私のためのようなイベントに思えたから、この取材の参加には迷わず挙手をした。あるようでなかった新しい試みといえる図書館ライブ、実際にどんな雰囲気だったかをお伝えしたい。

 

このイベントは週末の閉館後の時間を利用した、最小限の音響機材と穏やかで美しい音楽を生み出すミュージシャンによる、 図書館のための図書館らしい演奏会。コンセプトは以下の通りだ。

図書館の音を探して 図書館では無音を維持するのが当たり前のこと。 しかし本当にそうでしょうか。 私たちが本を読むとき、音楽は身近に存在します。 本を読むとき、音楽を聞く人もいます。 これまで図書館で流れるべき音楽を誰も模索しなかったのでしょうか。 今回、初の試みとなるこのイベントは、図書館を満たす音楽を探す実験的演奏会です。

(引用:http://cntr.jp/news/calm/

当たり前だと思っていることを、違った角度から見る。そうするといつもとは違う何かが見えてくるかもしれない。それが図書館とライブというフォーマットの決まった既存のものの組み合わせで、どのような彩りを見せてくれるのか。個人的にわくわくしながら京都府立図書館へ出向いた。

 

 

photo:岡安いつ美

 

 

チケットをもぎってもらうと、背の高い男性から説明を受けた。

「螺旋階段を下ると会場があります。イスの上に本が置いてありますので、そちらをお読みになってお待ちください。」

イスの上に本?なんのことだろう、と考えながら図書館へ足を踏み入れると、いつもの図書館とは少し違うピリッとした空気が流れていた。初めての試みに、職員さんも、スタッフの方々も、みんな緊張しているように見える。そこで、このイベントが新しいチャレンジへの第一歩となる場所であることを思い出した。

 

 

普段ライブをするための会場ではないため、席の配置は変則的だった。京都府立図書館地下の司書さんが座るカウンターを背にステージが、それを半円状に取り囲むように椅子は設置されていた。私は到着時間が遅かったので、後方の席、普段は調べ物や勉強をする人が座る机の前に置かれた椅子に腰をかけた。

 

周りを見渡すと12面体のスピーカーがあちこちに設置されている。ステージが見えにくい場所でも、これなら存分に音楽を楽しめるということを確信した。

 

 

 

 

開始10分前にもかかわらず、用意された席はほぼ満席。半分以上照明の落とされた図書館は、外光とステージを照らす照明で薄暗くなっていた。残り少ない席に到着すると、本が置いてあった。その本は川内倫子の『うたたね』。隣の席には『ちいさな島』という絵本が置いてあって、『よく眠るための科学が教える10の秘密』なんて本を持っている人もいた。普段写真を撮っている私のイスには写真集が置いてあって、胸が高鳴った。

 

 

photo:岡安いつ美

 

 

 

 

そうこうしているうちにイベントがスタート。この日は自然と寄り添いながら、日々のサイクルの微妙な機微を捉える、柳平淳哉と磯部優の2人によるユニット・ironomiがライブを行う。彼らはその場の環境に合わせて音楽を紡ぎ出す。ピアノの音の粒が、ぽつり、ぽつりと図書館内に響き渡った。静寂の中にある音とは、こんなにも一音が重たく感じるのか。ライブハウスでは体感できないような感覚を、まず音から感じた。

 

 

1曲目は“蝶々”、2曲目は“稲穂”、3曲目は“夏の空”をテーマに曲を披露した。ほのかに感じる土臭さには懐かしさを覚える。ただただ美しいだけではない彼らの音楽は、自分の中にある過去の記憶を呼び起こしてくれ、それを図書館という場所が増幅させているようであった。

 

 

 

 

それぞれの椅子の上に置いてあったのは、京都府立図書館の司書さんたちが、ironomiの音楽を聴いて選書したものと、ironomiのメンバーが選書したものだという。4曲目にはironomiのために、司書さんが選書した『お抹茶のすべて』という本からインスピレーションを受けた楽曲を披露。この本から生まれ育った静岡県にあるお茶畑を思い浮かべた曲だという。実際に見たことはないが、葉っぱについた雫や反射する光、青々と広がる葉っぱの風景を頭の中に思い浮かべながら、ただ身を委ねるように音を聞いた。「眠くなるってよく言われる」なんてはにかみながら自分たちの音楽について話していたのだが、彼らの音楽には無条件で身を委ねられる優しさがあるからこそ、そこに気負うことなくダイブできるのだ。それを受け止めてくれる彼らに最大限甘えながら、そこで鳴る音に耳を傾けた。

 

 

 

 

ライブの途中、ふと、手元にある『うたたね』を開いた。そこにはすがすがしいほどの青空が広がっていた。最小限の照明しかない図書館のフロアで、自然のことを思い浮かべながらライブの音を聞いていて、その場にあった本を開くと青空が広がるなんて。その場に鳴る音と本がぴったりとシンクロして鳥肌がたった。自分だけに用意された特別な瞬間がいくつもある音楽イベントなんて、今までにあっただろうか。単に音を体感するだけではない、イベント全体を通した体験が設計されつくされたイベントであることを感じさせられた。

 

 

 

 

ライブ終了後、30分間通常の図書館業務が行われ、館内を好きにめぐることができた。思い思いに本をめくる人、今日の感想を語り合う人。今までにない新しい試みとなったこのイベントに興奮を覚えている人が多かったように思う。図書館なのだけれど、少し色めき立ったあたたかい空気が漂っていた。この日は一貫して“体験”を提供していたイベントであった。この実験的な試みには必要な要素が過不足なく含まれていて、図書館と音楽、その相互作用による新しい価値体験が完璧に作り上げられていた。

 

 

 

 

既存のフォーマットにとらわれない考え方、“当たり前”を違う角度から考えること。新しい価値を創造するときには必要なことで、様々な界隈で必要とされていることだ。慣習や固定概念を捨てることは簡単なことではない。

 

図書館というフォーマットと、ライブというフォーマットを掛け合わせる、そんな水と油のような関係のものが交わる瞬間を、誰が想像しただろうか。ライブハウス界隈に身を置く自分としては、この試みにはとても感動させられた。ライブハウスでは、当然のことながら音楽を聴く・見ることがメインで、それ以外の体験はおまけ程度の存在である。空間やその場所の持つパワーや、場所特有の何かを楽しむことは二の次なのだ。今回のイベントを体験したことにより、ライブハウスに持ち込んで何かできなか、まだどこかにライブができる空間が世界中に潜んでいるのではないか等々、今までに見たことのないものへの欲求が強まったことはいうまでもない。このライブの存在をアンテナでお伝えすることへの義務感のようなものもとても感じさせられた。

 

新しい試みは様々なものを刺激し、さらに新しいものを生み出す可能性を秘めているように思える。このイベントでの挑戦が、「ものの見方を変える」という点で、いろんな場所やシーンに波及することを願ってこの記事をまとめたいと思う。

 

 

 

 

photo:井上 嘉和

(記名のないものすべて)

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